癒しの世界全エッセイ集2004.11 3/7



餓鬼

信じられませんでしょうが、実際に餓鬼といった妖怪も存在しております。
餓鬼に憑かれますと顔が険しくなり、どれだけ食べても満腹にならない、決して満足
することがない人格となります。
今の時代はそういった方が本当に多いようです。

このようなことがございました。
近くの生活保護を受けているご老人の方ですが、いつも「お金がない、お金がない」
といっておられました。
話しを聞いてみますと私の収入より遥かに多い額の支給を受けておられます。
最初のうちはお弁当なりを買っては差し入れておりましたが、
そのご老人、次第に態度が横柄になり、「ついでに私の分も買ってきて!」と云うよ
うになられました。
ですがそのご老人の住居には毎月豪華な電化製品が増えて行っております。
私の3日分の食べ物を差し入れても一食で平らげてしまわれます。
10Kgの米が1ヶ月も持たないようです。

心が飢えておりますと大食になるようでございます。

他人の意見は聴き入れず、充分な施しを受けていても不満ばかり、
このような方はおそらく神であってもお救いすることはできないでしょう。
自ら御自身の誤りを見出さなければなりません。
 

正しい心

正しいと云いますのは良い方向に向っているということでございます。
現在心が濁っておりましても、反省を重ね前進する努力をされておりますとそれは正
しい心の在り方でございます。
良い悪いを判断の基準にするのではなく、正しいか誤りかといったものさしで考えな
くてはなりません。
 

開運の鍵

こんな詩がございます。

待っていると誰も来ない。
待っていないと誰かが来る。
だから僕は待っていない。

恋も、お金も、幸せも、全て同じです。
何も期待せず毎日を楽しく過ごしておりましたら、身も心も裕福になります。
追い求める最良の方法は何も追い求めないことです。

「力ずく」という方法もございます。
こちらは全身全霊で持ちうる限りの力を出さなくてはなりません。
知恵と勇気と判断力と記憶力と信念と正しい条件反射と、
義と愛と慈悲と理性と知性、諸々の鍛錬が必要でございます。

人間、何事も為し得ないことはございません。
一歩進めば次の一歩が見えて参ります。
弱気になっても何事も始まりません

 
霊道

お地蔵様の近くには必ず霊道がございます。

子や孫を亡くされた人の未成仏霊や親を失った子供の未成仏霊がお地蔵様の御尊顔を
拝みに参ります。
この方たちにとってはそれが癒しになります。
霊道とお地蔵様を直線で結んだ場所には不思議な現象がございます。
物が揺れたり、音が鳴ったりします。
お参りされている方がいらっしゃるんですもの。
それくらいは当たり前でございますよ。

霊道は魂の通り道でございます。
野山を踏み固めて道ができるように、
沢山の魂がそこを通り、道ができあがったものでございます。
お地蔵様を拝みに来るような魂ですから、悪さはしません。
絶対にありえません。
でもね、優しい人がいるとついて行っちゃうこともあるようです。
人恋しさの余りにね。
菓子や飲み物が置いてあるとそっちにも行っちゃいます。
悪さをすることはありません。
というか、助けて下さることもあるようですね。

天上界と地上を結ぶ霊道は天上界の神様方がお造りになられたものでございます。
だから、花が植えてあったり、虹が出ていたり、三途の川があったりと美しいもので
ございます。

これも亡者を想う神様の愛なのでしょうね。
 

孤独

私達全ての人の心や身体には暖かい血が流れております。
地球の母体には常に新しい魂が生まれ、育まれております。
大地に、樹に、海に、そして人に生命が鼓動しております。
地球上の人、魂全てが仲間であり、親しき友人でございます。
神は仲良くしろと仰られております。
それはあたかも自分達の子供の兄弟喧嘩をやめさせるかのようです。

他人の幸せを妬み
他人の人生を妨害し
自己の幸せのみを追求し
自己の権利ばかりを主張する
そんな人にはそれが分からないようです。
だから孤独になってしまうのですね。
 

黎明

不況であっても、
誰もが万人の幸せのために努力し、
互いに支えあい助け合って生活していれば、
誰も飢えることはありません。
誰も凍死せず、争いもありません。
犯罪も、自殺も、暴力もありませんね。
そのような社会が構築されれば、
みんなが愛し合い、
休日には世界中に合唱の歌声がこだますことでしょう。
その歌声を早く聞きたいものです。

そのために私達は生きているのです。
そのために私達は苦しんでいるのです。
そのために私達は努力をしているのです。
そのために神が存在し、
豊かな実りがあり、
太陽、月、地球、大自然全てのものが秩序正しく活動しているのです。

人間もその秩序の中に組み込まれております。
秩序を乱すことはなりませんよ。
悪魔の声に耳を貸してはなりませんよ。

皆様お一人お一人が、幸せへの道を話し合う場を持ち御活動下さればと想います。
そうしましたら次第にその輪は大きくなり、輪と輪が繋がり、
やがて、世界中がその輪に組み込まれることになりますでしょう。
インターネットもそのように発展して参りました。
 

天上界

私達の殆どは守護霊様といった存在に守られております。

私達は産まれてから多くのことを学びます。
食べることや言葉、生活習慣に至るまで、膨大な量の情報を吸収します。
私達はね、
親からだけではなく、守護霊様にも多くのことを教えて戴きます。
例えば、コトバに意味があること。お乳を吸うこと。声を出すこと。
こういったことは守護霊様が直接意識を伝えることによって為し得るものでございま
す。
そんな風に私達は守護霊様に守り、導かれて今まで生きて来られたのです。
感謝、しなくてはなりませんね。
もちろん私達は人間として、厳しい地上に生きているわけですから、多くの障害にぶ
つかります。
その中には、守護霊様もお手上げの難問もございます。
そういったことは逐一、指導霊様に報告されます。
殆どのことはこれで解決に至ります。

指導霊様が解決できない問題は、指導霊様が天に持ち帰ります。
天では御先祖様やその上位の方が集まり、緊急会議が開催されます。
場合によっては天使様や菩薩様が会議に加わることもございます。
皆さん喜んで参加して下さるようです。
私達が天に守られているということが御分かり戴けると思います。

天上界の最下層には幽界(アストラル界)がございます。
岩肌むき出しの殺風景な場所です。
その上には霊界(スピリチュアル界)がございます。
地上と同様に家屋が立ち並び、劇場や音楽館なども沢山存在します。
その上が神界でございます。
景色の美しい場所のようです。
その上にもさらに沢山の世界が広がっております。
頂上にはキリスト様やお釈迦様、モーゼ様、大天使様などがおられるようです。
地球レベルの環境問題、医療、科学、社会、エネルギー等の諸問題に取り組み、
日々頭を悩まされておられる様子でございます。
芸術面でもバッハ様やベートーベン様、ショパン様、シューベルト様といった巨匠
が、
日々鍛錬なされ新しい音楽を披露なされているようでございます。
 

人間関係でお悩みの方へ

人は生きて行く中で様々な出会いを経験します。
もちろん魂が腐敗しきった人間も、魂が幼稚な人間もおられます。
そういった方々は弱い人間を攻撃し、自分が優位に立っていると誤解し自惚れます。
最も恥ずかしく、くだらない人間でございます。
可哀想な人でもあります。

嫌な人、相性の悪い人、生理的に合わない人もおられると思います。
でもね、
好き嫌いを判断の物差しにしておりますと正しいことが見えなくなります。
その人が害を及ぼすのかといったことをお考え戴ければと思います。
害を及ぼすのであれば、
まず、云われたことやされたことを逐一記録して下さい。
それが真実を証明するものになりますでしょう。
周りを巻き込み、理性的に理論的に話し合うべきです。
害を及ぼさないのであれば、嫌いな理由を徹底的に考えてみるべきです。
相手に欠点があるのであれば教えて差し上げて下さい。
聞く耳を持たない人でしたら、上手く避けることも必要ですね。
誤解があれば解かなければいけませんし、
ご自身に問題があれば、反省して直すべきです。
 

死の淵

死の淵に落ちかけたとき、
人は強い恐怖を覚えます。
その時の人の生きようとするエネルギーは凄まじいものでございます。
強烈な、生のエネルギーの逆噴射が起こります。
どんなに弱い人間でも、 神と同等のエネルギーを噴射します。
その時、人は変化します。
あらゆる面で強くなります。
新しい能力が開花します。
世界が変わります。
それは、その時に悟りを得るからなのかも知れません。
ですから、決して諦めてはいけません。
諦めてしまいますと、逆噴射が生じない。
だから絶対に諦めないで下さい。
どんな時でも、どんなことでも。
 

狼

獲物を殺るだけではない
殺らなければ生きて行けない
だからこそ
命の大切さを一番良く知っている

愛することもある
家族だっている
仲間だっている
それぞれにそれぞれの役割があり
掟がある

孤独な
掟がある

神が
そのことを一番良く知っていて下さる
だから
今日も神に遠吠えする


憎しみ合う親と子

生活を共にしていながらも憎しみ合っておられる親子が多いようでございます。
縁あって生活を共にしているのに憎しみ合わなければならない。
それはなんと悲しいことかと思います。
その方達も心の奥底では、
関係を改善して仲良くやって行きたい。
という想いがあるはずでございます。

人と人とは真心があってはじめて繋がり合えるものでございます。
お相手のことを思い遣り誠実に接することにより、
信頼関係が結ばれるものでございます。
互いにお相手の意思を尊重する姿勢があって、
はじめて理解し合えるものでございます。

そのことを忘れ、
害を与え、
云いたいことばかりを云い、
迷惑を考えず好き放題の行動を取る。

家族なんだから気を使わなくても良い。
互いにそのような考え方では喧嘩も絶えないと思いますよ。

家族であってもひとりひとりが独立した魂でございます。
人生の一時期を便宜のために同居しているに過ぎません。
真心を持ち、真摯に、誠実に接し合われますことをお薦めします。

関係が改善できそうにない。
憎しみが心の中を暴走している。
そのような方もおられますでしょう。
そのような方は長期間離れてみることも良いかも知れません。
どんなに憎しみ合っておりましてもやはり親子でございます。
魂は太い絆で結ばれております。
時間がそのことを気付かせて下さいますよ。
 

夢

−その1−

小さな長い島があって、
両端に橋がかかっている。
海は荒れており、
吹き荒ぶ強い風と雨。
2つの橋は同じような形をしている。
視界は悪く、2メートル先も見えない。
私はどちらの橋を渡れば良いのかが分からない。
行ったり来たり、行ったり来たり、
歩き続ける。

−その2−

どこかの異国の街で、
とても悲しい音楽が聞こえる。
どこかで聞き覚えのある唄。
この国にはレコードがない。
録音したカセットテープが闇で売られている。
曲名と唄っている歌手の名前が分からないと、
手に入れることはできない。
それを調べる方法すらない。

日本に戻って調べてみた。
見付からない。
未だに見付からない。
 

盲信

深く内省をして、毎日正しい努力を続けておりましたら、
天の存在やその仕組みなどが伝わってくるものでございます。

先日、みのもんたさんの番組を拝見しておりました。
彼もまた、素晴らしい使命をお持ちの方だと感じました。
私と同じような意識のもとに、
特定のターゲットに、
より細かく真理を与えられております。
時には、いい加減なこともあるようでございますが、
それは私も同じで御座います。

以前、丹波哲郎さんという役者さんが霊界について論じられておられました。
いや、彼は違いますよ。
天の意識とは程遠いところにあります。
何処かで聞きかじった知識を披露していただけなのでしょう。
レベル的にはかなり低俗なものでございます。
(批判することを好まない私が危険を顧ず、大義のためにここまで言及するのですか
ら、
彼の信仰者も一度深く御考察下さいますようお願いします。)

謝った信仰は危険この上ないものでございます。
利益のために宗教団体を興す者も後を断ちません。
どの宗教団体が誤ったものであるかは、私には一目瞭然でございます。
摘発される宗教団体は年々増えております。
宗教信仰者の皆様も、もう一度深く御検証下さいますようお願い致します。
 

求職

最近、就職に関する相談が増えております。
やたらと増えております。

「好条件と思って面接に伺ったら、条件がまるっきり違うんです。」
求人者が求人広告を広告代理店やハローワークに掲示する際には、
必ず労働諸法に従っているかといった審査を受けます。
(いい加減なものではありますが)
ですから、求人者はその審査を問題なくパスする労働条件で求人広告を掲載します。
週法定労働時間(40時間)遵守を明記していながら、
面接で話しを聞けば週60時間以上といったことも多いようでございます。

「高収入を保証しますと書いてあったのに、完全歩合制でした。」
宣伝文句と実際とがまるっきり違うことはよくあることのようです。
宣伝文句は広告代理店の人が求職者の好意を得るために良いように書くのでしょう。
完全歩合なのですから、売上を上げれば上げるだけ収入も上がります。
経営者はそれ以上の上前を搾取しておりますから、
それ以上の収益が得られますね。
社員の働きが悪くても赤字になることはない。
社員の数が増えれば増えるだけ、利益が増える仕組みです。
(社員にとっては個人で起業する方が収入は多くなるはずです。)

雇用契約を盾に厳しい労働条件を付き付け、
その半面リスクも責任も持たずに利益を得る。
しかも50%以上の新入社員が半年以内に退職する。
これは個人の能力の問題ではなく、企業の意識の低さの問題でございます。

全く、悪魔のような所業でございます。

求職者が面接に行くだけで、
履歴書や写真、交通費、外食費など、一回で千円以上の出費が伴います。
こういった悪質な企業に年間100回面接に行ったとしますと、
年間10万円以上の出費が伴います。
悲しいことに、新聞や雑誌に掲載されている求人情報の殆どが、
これと殆ど変わらない状況にであるようです。

皆様、お一人お一人には使命と言うものがございます。
子供の頃から好きだったこと、
楽しくてずっと続けて来られたこと、
それが紛れもない「使命」でございます。
求職者の皆様は、決して経営者より人格が劣っているわけでも
増してや能力がないわけでもございません。
使命にまだ気付いておられないだけでございます。
どうか、皆様の使命を早急に探求なされ、
人生においての楽しく遣り甲斐のある仕事を見出されますよう、
応援しております。

それでも、まだ使命が見付からないようでございましたら、一度私にご連絡下さい。
一緒に探させて戴きます。


散文

戴き物の御礼の品を送るために菓子店に行きました。
そうしますと、さりげなく暖かいお茶が出されます。
本当に有難いことです。
「有難うございます。毎日麦茶ばかり飲んでいるので美味しいです。」
と感謝申し上げます。
そうしますと店員さんの表情が明るくなり、心地良い空間が生まれます。
お茶一杯のお陰でお客様も良い買い物ができますし、
お店の売上も上がります。

以前、近くに御老人の方が住んでおられました。
この方とはよく神様の話しをしました。
「笑ろてなはれや」というどなたかの御本をお借りしたこともございます。
この御老人の方が老人擁護施設に入られたのは6ヶ月程前のことでございました。
先日、戴き物の栄養剤をぶらさげて尋ねてみました。
3ヵ所程そういった施設を訪ねてみましたが、どうにも居場所が分からない。
きっと何処かで元気に楽しく御過ごしになられていることと思います。
刺青を入れて両手小指が欠損した元暴力団のおっちゃん、
足が悪くて足を引きずりながら歩いているおじさん、
背中が90度曲がってしまっているおばあちゃん、
私の近くには様々な人が住んでおられます。
それぞれに問題を抱えてはいますが、
おひとりおひとりが御自身の生活を楽しく行っておられるようでございます。

仲良くさせて戴いております。


梅

梅は天神様(菅原道真公)の好きな花でございまして、
天神様の絵には梅が描き込まれていることが多いようです。
何かを送られた時に梅の小枝が添えられていたという記述もございます。
粋なはからいですね。

梅は枝が上向きに付いているものや下向きに付いているもの、
花びらが大きなもの小さなもの、
花が緑のもの、赤いもの、薄紅色のものなど様々な種類がございます。
私の所から2時間位の場所には中山寺という場所がございまして、
そこにも梅林がございます。
優しいお顔をした観音様が、
右手を差し伸べ、左手は胸の前に立て見守って下さっておられる場所でございます。

この観音様にも魂が宿っております。
お顔が活き活きとしておりますので分かります。

観音様には合掌をして懺悔をして下さい。
右手が観音様、左手が御自身でございます。
御真言は「おん あろりきや そわか」でございます。
 

生活

私の住居は8畳程の広さでございます。
フローリングの床で神棚をお祀りしております。
これ以上広いと電気代も掛かりますし、掃除も一苦労になります。
丁度良い広さの空間でございます。
寝具はディスカウントストアーで購入した2千円程度の寝袋を使っております。
御神殿に寝泊りさせて戴いているような感じでございます。
多くの方には寝袋で寝ることは辛いかも知れません。
でも私は辛いとは感じません。
魂は喜びで溢れております。
神様と共にいられることがどんなに素晴らしいことかと感じます。

生かせてもらっているだけでも有難い。
今ここに存在させてもらっているだけでも有難い。
そのご恩には一生報いなければと思っております。

御酒だけは、たしなむ程度に許して戴いております。
でも、人格が変わる程に飲むことは絶対にありませんよ。
確かに御酒を戴きますと意識は低下します。
リラックスする時にはその方が安らげます。
 

開運の法則

初詣で戴いてきた布袋様のお顔がニコーッとしておりましてね、
先日えびす様から戴いてきた笹についている福袋の中身が綿だったりしまして。
私って、それだけのことで幸せな気分になり笑えてくるんですよ。

テレビを拝見しておりまして、
余命幾許もない若い女性が好きなアーティストのコンサートに行きました。
感動して帰って来たら、病気が治ってしまっていた。

私にも経験がございます。
私も昔はサラリーマンでございましたが、
余暇を利用してはカメラ片手に旅行をする。
好きなことですと2日程度の徹夜はへっちゃらなんですね。

真冬の新潟の海岸で、
降り積もる深い雪を踏み締め、道をさまよいつつ3時間程度歩いて、
ようやく海岸に辿り着きました。
その世界は別世界でございましたよ。
素晴らしいものでございました。
死の恐怖も迫っておりましたが。

翌日、したことのないパチンコというものをしました。
大量のチョコレートを戴いて帰りました。
(これは社内の皆様にお配りしました。)

気が、変わったのですね。気というものが変化したのです。
開運とは、気を変化させることに他なりません。
全く別の環境の中で楽しくて感動することをやってみる。
経験したことのない刺激を受けてみる。
経験したことのない寒さ、楽しさ、辛さ、様々にございます。
そうしますと気が変化しまして、
今までどうしても解けなかったパズルがいとも簡単に解けてしまいます。

同じことを何度もやっておりますと、マンネリ化します。
効果が次第に薄れて参ります。
新しいことを次々に企画して実行して行くことが大切でございます。
御友人を沢山持ちますと、それだけ刺激が増えて参ります。
刺激は脳に大きな変化を及ぼします。
その変化が何かを変えてしまう。

開運の法則でございます。
 

食事のマナー

食事をしながらの会話は難しいものでございます。

私は食事をできるだけゆっくり味わって戴くようにしております。
話しかけられますと、まだ口の中に残っておりますので、
返事をさせて戴くのに時間が掛かります。
また、舌ったらずで一生懸命話しますと唾が飛びます。
唾を飛ばさないように細心の注意を払います。
本当に難しいものでございます。

食事中に箸や爪楊枝を振り回しながら、
身振り手振りで話しをされる方がいらっしゃいます。
こういった方に限って他人の食事の仕方に注文を付けて来る。

ある方と食事をしました。
一緒にステーキを戴きました。
私はご飯をフォークですくって戴きます。
でも、その方はフォークの裏側にご飯をなすり付けて食べている。

食べ方を教えて下さるんです。
甚だ呆れましたが、教えて下さる通りに食事をさせて戴きました。
私もその程度のマナーだったら知ってはいるんですけどね。

どうしてフォークの先端がスプーンのように曲がっているのか、
この人は根本的なことを考えないようです。
どこかの国の一部の上層階級だけが行っているマナーというものを、
何故私達が真似をしなくてはならないのでしょうか?
そこに何の意味があるのでしょうか?
食べたいように楽しく食べる。
それが本当に大切なことだと思います。

この方のお子さんは可哀想だと思いましたよ。

ナイフやフォークを落としても自分で拾ってはいけない。
これはマナーかも知れませんが、モラルに欠ける行為です。
自分で落としたものは自分で拾いましょう。

また別の時ですが、
有名なお好み焼きの店に連れて行って戴いたことがございます。
行列ができておりまして、数十分待った後に席に着きました。
狭いテーブルに4人座る。
身動きするのも難しい程窮屈でございました。

少々味が劣っても、
私は、もっとお客を大切にしておられる店が好きですね。
 

私のこと

学生の頃、私は猫背で、無口で、世界一気が弱くて、オドオドしていました。
だから友達も余りいない、会話の輪に入ることもない、虐められっ子でした。
でも自分ではそのことが分からない。
周りから見られる自分は、自分だけには見えない。

でもね、他人の目を気にしていても仕方がないんですね。
他人から誉められて生まれた自信ははかないものですし、
他人から批判されて落ち込んでもすぐに忘れてしまいます。
御自身の生き方を貫き、信念を貫き、
御自身の心が健康で幸せで裕福で楽しくて、笑って生活していれば、
それだけで良いと思いますよ。
誰に何を言われる筋合いもありませんし。
心は自分の持ち物で自由に使えるものです。
自分が自分株式会社の社長なんですね。

自信なんて物も大したものではないですね。
丹田に思いっきり力を入れていれば楽しくなって来ますし、
自信も生まれてきます。
昔の肝っ玉母さんは丹田にくそ力が入ってたのでしょうね。
 

神様方

神様は私達の大先輩なんですね。
判断力を鍛え上げて常に最善の生き方を人類に教えて下さっておられます。
般若心経はお釈迦様が弟子に教えを説かれて悟りを開きなさいって教えた言葉です
ね。
お釈迦様にも守護霊として神様が付いておられました。
だから生きている間にあれだけの素晴らしく高い意識を持つことができたんですね。
お釈迦様も神様の御一人です。
人類のために知恵と力を貸して下さっているんですね。
モーゼ様にも神様がついておられました。
彼の身体はもうボロボロでございました。
だから新天地に入ることができず命を終えたんです。
最期の彼の使命は、反省することでございました。
神様方がモーゼ様を天にお迎えになられた時には祝いの席が設けられたようです。
キリスト様の守護霊様も神様の御一人です。
皆さん素晴らしくお心の純粋で美しい方です。
そしてまた、お祝いの宴席も大好きなんですね。
 

霊域

死者の供養のために長期間お経を唱え続けておりますと、
次第にその場所は強い霊的エネルギーを持った霊域になります。
多くの迷える魂が引き寄せられて、癒され、成仏します。
もちろん、霊道も開きます。

そういった家系の御子様や御孫様には、
霊的な能力が身に付いているようでございます。
また、多くの善霊の守護も得られます。
ですから、そういった関係のお仕事に就かれる方が多いようです。
人によりましては、異常な感覚に戸惑われる方もいらっしゃいます。
こういった方々には霊域や魂を守る使命が与えられているのではないかと思います。
職場や住居、行く先々が霊域になっていることが多いようです。
神様に行かされるのでしょうね。

ある程度の霊的な能力をお持ちで、多くの善霊の守護がございますから、
御自身で転落しなければ、
悪い霊によって人生を妨害されることもありませんし、
不遇な立場に追い遣られることもありません。
 

人の心を揺さぶるもの

情熱は魂の叫びでございます。
ですからそれは人の心を揺さぶります。
本当に強く揺さぶります。
たとえそこに真理がなくとも、
その人にとっての命を掛けての魂の叫びであれば、
神をも、宇宙をも動かします。

自らの心を信じ、自らに信念を持ち、
思いきり魂の叫びをぶつけてみて下さい。
間違いなく、どのような願いでも叶いますでしょう。
命懸けで、
力ずくで、
心から願う願望を叶えて下さい。
聞いたこともない程の大きな魂の叫びを、私に聞かせて下さい。

美しいものも人の心を揺さぶります。
ですから人は美しいものに憧れます。
人は美しいものを手に入れますと、
磨きをかけて大切に扱います。
美しさにも感動を覚えます。
でも暫くしますとその美しさに慣れてしまい、
さらに美しいものを探し始めます。
折角手に入れた美しいものに飽き、
磨きをかけることも止め、
汚れるままに放置してしまいます。

これを欲と言います。
欲は足ることを覚えなければ尽きることがありません。
手に入れたものの美しさを見失わず大切にし、
さらに美しいものを捜し求める。
そして決して手の届かぬものは追い求めない。
それはなんと美しい行為であるかと思います。

そしてまた、
私達の心の中にはとてつもなく美しいものが眠っております。
物質的な美しさは時間の経過とともに劣化しますが、
心の中の美しいものは
磨き続ける限り決して劣化することはございません。
 

神罰

神様は罰なんて下さない。
そうお考えになられる方も多いと思います。

心の汚れが激しく、他人に害を与える人がおりました。
神様はなんておちゃめなんでしょう。
その方の家の前で、犬にうんちをさせる。
そしてそれを踏ませるんです。
汚い話しでごめんなさい。
でも本当なんですよ。

理由もなく神様が罰を与えることはございませんよ。
心の汚れに気付かせるためにそうなさるんですね。

最近、近くに住んでいる元暴力団のおっちゃん。
この方が電話を貸してくれといって参りました。
快くお受けしましたが、

実はこの方、性格が荒っぽいんです。
阿修羅界に意識が通じてしまっているのかも知れません。
酒を要求し、4時間居座り続けました。
また汚い話しで恐縮なんですが、
トイレにオシッコを撒き散らし、
煙草の灰で床を焦がし、
大声でわめき散らし、
挙句の果てに泥酔状態で立てない有様でした。
家の前に唾を吐いて何とか帰りましたが、
4時間後位経って夜中にまた参りまして、
またもやわめき散らし、隣人と騒ぎを起こして帰って行きました。

仕方なく出入り禁止を申し渡しましたが、
どうも精神分裂症っぽいですね。
悪い霊と話しをしているようです。
覚醒剤もしているのではないかと思います。
可哀想なことにこの方にも神罰が下りますでしょう。
自業自得ですから、仕方ありませんね。
 

ピノッキオ

皆様御存知の童話でございます。
嘘をつけば鼻が伸びる。
映画にもなっているようですのでご覧になられた方も多いのではないかと思います。

実はこの童話、嘘はいけないことだと教えている訳ではありません。
嘘をつき鼻が伸びる。
その苦しみの中でもがき苦しみ、反省し、 二度と嘘はつかないと決意する。
その心の在り方が彼の鼻を元通りにしたのだと思います。

「子供が嘘をつくんです」 こういった御相談をお受けしたこともございます。
恋人が嘘をつく。
これも根本的には同じことでございますが、

嘘がいけないことだという決まりでもあるのでしょうか?
親子の間で、或いは恋人同士で、
嘘をついてはいけないという契約でもなされたのでしょうか?

皆様も御分かりの通り、
誠実な心から生じた嘘は決して悪いものとは限りません。
生活を守るため、人権を守るために生じる嘘もございます。
嘘をつかなければ命の危険に晒される。
そのような時に誰がその嘘を責めることができますでしょうか?

嘘をつかない関係を望まれるのでしたら、
きちんと話し合って取り決め(契約)をしておくべきですね。
但し未成年相手の契約は無効でございますよ。

嘘を責め立てる側の人間性についてもしっかりと考慮なされるべきだと感じます。
 

愛

親の愛というものは素晴らしいものでございます。
ある物語をテレビで拝見しておりまして、感動することがございました。
あ、私は新聞は読みません。
偏った思想が1ページに少なくとも1ヵ所はありますので、鬱陶しいです。
何も考えずに読んでおりますと洗脳されてしまいます。

ある御家庭の話しでございました。
母子家庭で御母様が汗水流して少ない御給金を戴く。
母親はそれを御子様のために毎日、拾円、二拾円と貯金されておられたようでござい
ます。
肉を食べたい時には魚にし、魚を食べたい時には野菜で我慢をして、
息子には良いものを食べさせ、何とか残らせた僅かなお金を貯蓄して、
息子が二十歳の時には十数万円の貯蓄があったそうでございます。
いや、物語りでございますから、このような御母様が現実におられるかどうかは知り
ませんが。

月に十万円のお金があっても不平を仰られる方が多い中で、
このような素晴らしい愛情をお持ちになられる御母様はなんと素晴らしい存在でござ
いましょうか。
息子が、東京で働きたいと申し出た時に、
「何もでけんけど、これでお前のやりたいようにやってけれや。」
といって全財産を渡した御母様の御姿は本当に美しいものでございました。
「わしは畑があるし何とでもなるけ」
そう云った御母様のお顔は本当に嬉しそうでございました。

実はね、私も深く反省させられることがございます。
私も結構贅沢させて戴いておりますからね。
私にとってはこの御母様は神様でございます。
欲を捨て、息子のために一生を捧げる。
この深い愛情が神様のものでなくて一体何なのでしょうか。
私はそう思います


散文 その1

式神様をお迎えする神詞を唱え、
大黒様の御真言を唱え、
お不動様の御真言を唱え、
七福神様の御真言を唱え、
幾つかの祝詞を奏上し、
天神様にも御挨拶申し上げる。

毎日このようなことをやっておりますと色々と不思議なことがございます。
大黒様の御真言を唱えますと必ず何かございます。
大黒様の像が震え出したり、一緒に御真言を唱えて下さったり。

お不動様の御真言では強い意思が得られます。
目の前にお不動様のお姿が見えることもございます。
十一面観音様の御真言を唱えておりました時には、沢山の神様が目の前に現れて下さ
いました。
御供えしている御酒の一升瓶、まだ封も開けてはおりませんが、水面が揺れるのです
ね。
どなたかが、戴いて下さっているのだと思います。

浴室の扉がカタカタと震え出す。
これは隣人が換気扇を回しておられたからだと、先日判明しました。

私は霊視はできません。
どのような御姿の方が御出で下さっておられるのかが判りません。
でもね、気で判ります。
ここに来て下さっている方々はとても気持ちの良い方ばかりでございます。

先日、霊障でお悩みの御家庭を伺わせて戴きました。
苦しんでおられる魂がおられました。
少しでも良くなればと思い、色々とさせて戴きましたが、
疲れました。
このような苦しんでおられる魂の放つ気は本当に疲れます。
口を開くのも大変なほどに疲れました。
苦しみの原因を解明して成仏させて差し上げるのは、やはり陰陽師さんにお任せした
方が良いのではと思いました。
料金はやたらと高いですが。

成仏されておられない魂はどこにでもおられます。
先日もスーパーで手の甲に何かの感触を感じました。
こんなところにもいらっしゃるんですね。
どうして差し上げれば良いものやら。
兎に角、自宅にお招きしてお香をあげさせて戴きました。
 

散文 その2

生きるということは本当に大事業だと感じます。
生きているのですから様々なことがございます。
辛いこともあると思います。
でも楽しいものでもございます。

人生の中で過ちをおかすことは私は当然のことだと思っております。
お釈迦様だって妻子を捨てて出家なされました。

過ちをおかしたことのない人など一人もおりません。
その過ちの中で正しい答えを見つけ出し成長して行く。
人間の本質ではないかと思います。
 

散文 その3

どのような宗教法人であっても企業であっても、結局はその殆どが利益目的でしかあ
りません。
場合によっては人をだまし、法外な価格で商品を売り付けることもしますでしょう。
法に触れなければどのようなことをしても構わない。
お金だけが最終的な目的であり、お金さえあれば幸せだ。
彼等はこのように考えておられるのでしょうね。

低い意識しか持たぬ故に天の存在にも気付けず、
魂を腐らせて深い地獄と意識を通じ悪い霊を呼び寄せております。

運勢には種類がございます。
初年運、中年運、晩年運、 波乱万丈型、安定型、
そしてまた、ご先祖様の応援や幼少期の家庭環境、
様々な要因がございます。

運勢の悪い者には辛い人生かも知れません。
私もサイト上で人生相談のようなことをさせて戴いております。
同じように無料で悩み事の相談を受け付けておられる方も沢山おられます。
開運の方法といったものもサイトやこのメールマガジンなどで発信させて戴いており
ますが、
積極的にどんどん御質問下されば良いんです。
死にもの狂いで御質問下されば良いんです。

時には欲まみれの御相談でお答えさせて戴く気持ちが失せてしまうようなものもござ
います。
気分が悪くなることも、怒りが込み上げてくることもございます。
(気を読みとってしまう分だけ敏感でございます。)
ですが、誰のどのような意見でも納得の行くまで聞いてみようとする姿勢、
熟考し、良い部分は積極的に採用し、より御人格を向上させようとする姿勢がありま
したら、
力になって差し上げたくなるものでございますよ。
神様だって力を御貸し下さいます。

欲に溺れた者は天に入ることはできません。
天でも格に合わない魂は業火にて燃やされます。
その前に自らの欲で地獄へ落ちますでしょう。
そこで数十万年、数百万年と魂を磨かなくてはなりません。
可哀想ですが、本当に厳しいところでございますよ。

人への愛を持たぬもの、
義を知らぬもの、
慈悲心のないもの、
条件反射の未熟なもの、
喧嘩に明け暮れるもの、
欲に溺れるもの、
勇気を持たぬもの、
全て天には受け入れられない方々でございます。

高い地位にいるから素晴らしい人間だとか、そういったことは決してございません。
不正な手段の収入を目的に努力されれば、どなたでも億万長者になれますでしょう。
ですが、信頼は損なわれますね。
一流のデザイナーにお願いしましたら、世界一美しくなることも可能でございましょ
う。
人生が思うがままになるかも知れません。
それで我欲を満たせても、いつかは必ずボロが出て参ります。
暴力で欲望を満たせたとしても、必ず力でねじ伏せられてしまいます。

いずれ自らの罪を償わなければならない時が必ず参ります。
それは生きている間かも知れませんし、死後のことかも知れません。

己を偽るものや他人を欺き搾取する者等は決して神に守られてはおりませんよ。
落ち目になった時には誰も助けない。
正しい心を持って努力されておられる方は違います。
生活に必要なだけのお金は必ず入って参りますし、必要なだけの御縁と社会的地位に
も恵まれます。
窮地には必ず誰かが助けて下さいます。

神様の愛にはお気付きになられないかも知れませんが、
神様を見るよう努力して戴ければと思います。
必ず見えて参ります。
 

散文 その4

恋愛でお悩みの方も多くいらっしゃいます。
愛するということはとても素晴らしいことであって、幸せで楽しいはずなんですが、
そうではない方が多いようです。
愛することが苦しみの原因になってしまっております。
お相手の幸せを考えて差し上げる余裕もなくなり、
御自身の幸せばかり願っておられます。

厳しい言い方かも知れませんが、自分勝手なんですよね。
そんな状態では間違いなく上手くは行きません。

クヨクヨ悩む人も余り良い印象を持ちません。
御自身を御自身で可哀想だと思うから弱くなってしまうんです。
子供の頃のアンネ・フランク様の方がもっとしっかりされておられましたよ。
悩む時間があれば、もっと人や社会の役に立つことを考えて行動に移して下さればと
思います。
その方が、恋愛も人生も余程上手く行きます。
 

愛

片思いのお相手様が元気に頑張っているお姿を拝見する。

ああ、あの人は元気で頑張っていらっしゃるんだな。
と嬉しくなります。
お相手様のさらなる幸せを願い、
神様に感謝し御報告申し上げたくなるものなんですが。

ところがですね、
多くの方はご自身が最もお相手様に相応しいと信じ込み、
お相手様のつれない態度に怒りを覚えるようでございます。
恋愛にしてもそうなのですから、親子関係ともなりますと、それは酷いものでござい
ます。

親御様が御子様の人格を無視していることにも気付かず、
親御様の御意志を押し付け、
「子供が親の言うことを聞きません。」なんて仰られる。
夫婦と言ったような対等の許し合っておられる関係でしたら構いませんでしょう。
親子の関係は対等でも、許し合っておられるわけでもないことにお気付き戴きたいも
のでございます。
 

祖母

以前、ある方から、
「孫に嫌われるよ!」と言われたことがございます。
お恥ずかしいことでございますが、
祖母様が生きておりました頃、私は祖母様を嫌っておりました。
どうも幼少期から長期間、身内に洗脳されていたようどございます。

長く独りで孤独に暮らしておられた祖母様は、
夏の暑い日に冷房もない小さな部屋で息を引き取りました。
でもね、祖母様は近くの地蔵様に毎日私の幸せを願ってお参りして下さっておられた
ようでございます。
有り難いことでございます。
私にとっては神様でございます。
ですからね、
今はどのような方であっても人を嫌うことはございません。
嫌いな人はお一方もおりません。

全ての人に神様のような素晴らしい性格が備わっていると信じております。
 

お彼岸

3月18日から24日まではお彼岸でございました。
パソコンを設置している机を揺らす方がおられるんです。
悪意を持った方ではなさそうです。
「もっとしっかりしろよ」とか、
「もっと頑張れ」とか、
仰って下さっているように感じました。

供養をさせて戴きましたが、大神様であったのかも知れません。
普通の霊ですとこれだけの力はないはずですから。
 

猫

私のマンションの前の駐車場にはノラが住んでおりましてね、
ちょうど私の窓の下なんですが、
夜中にゴロゴロ鳴いていらっしゃいます。

ずっと以前も道を歩いておりましたら、足元に猫が擦り寄って来ましてね、
「タスケテ」って云うんです。
いや、本当にそう云ったんですよ。
皆さんに馬鹿にされますけど・・・。
何をどのようにさせて戴けば良いものか、困りました。

猫関連の出来事は沢山ございます。
私は特に猫に好かれている訳でもないようです。
子猫を家にお招きしたことがございました。
冬でしたので緑のセーターを着せて差し上げて、
食べ物や飲み物を御用意させて戴いたのですが、
冷たくあしらわれてしまいました。

道を歩いておりましたら、
幼稚園くらいの小さな御子様が、「こんにちは」と礼儀正しく挨拶して下さったこと
がございます。
初対面なんですよ。
びっくりして「こんにちは」と返事をさせて戴きましたが、
一体、あの御子様はどちら様だったのか、
 

桜

もう満開の桜があるんですね。
人と同じで桜にも個性がございます。
花びらの枚数から違うのですから。

朝方、静かにして過ごしておりましたら、ハトの鳴き声が聞こえて参ります。
ハトさんも必死に生きていらっしゃる。(笑)
命ってほんとうに奥深いものですよね。

先日、焼き芋やさんの唄を唄いながら歩いておりましたら、
近所の酒屋さんが賞味期限切れの食品を沢山下さいました。(謎)
ワンカップ大関と屋台の焼き鳥を戴きながらお花見なんてのも良いですね。
リュックを背負っておにぎりを頬張りながら絵を書くのも楽しいかも。
「お、おにぎりは、おいしいんだな。」とか独り言を言うともっと良いかもですね。

人生の門出の時期でございますよ。
皆様もおもいっきり、はっちゃけちゃって下さいませ。
 

笑

米国のイラク攻撃。
ずっと以前にも湾岸戦争がございました。
いとし・こいし師匠の漫才を思い出します。

夫婦喧嘩をして奥さんの投げた椀がガーンと当たって「椀ガーン(湾岸)戦争」
それを仲裁にタコを食べながらやってきた関君が「タコ食う関君(多国籍軍)」
布施に隠居している爺さんもやってきて「布施隠居(フセイン)」

面白いですね。
お恥ずかしながら、お笑い好きだったりします。
 

理想郷

互いに信頼し合い、尊敬し合い、
積極的に提案を出し合い、
他人の意見は誠実に受け止める。
困っている人がいれば助け合い、己を犠牲にしても人の幸せを考えて行動する。

ただ、それだけで素晴らしい社会が生まれるはずなのですが、
何故、それが叶わぬのか不思議でなりません。

人間の価値って一体なんなのでしょうか?
互いに憎しみ合い、
互いの主張を押し付け合い、
他人の意見には耳を貸さず、
困っている人を見て見ぬ振りをする。
他人の幸せよりご自身の幸せを優先する。
本当に悲しい人生でございます。

ムーミン谷の住人の方が遥かに優れた人格者でございましたよ。

以前に信仰ということについて書かせて戴きました。
神を信じてお力をお借りしようとすることは信仰でもなんでもありません。
神に対して義の心を持ち、
神のため、
人のため、
社会のために役立とうと努力なされること。
神の御恩に報いようとすること。
これが本来の信仰でございます。

そのような信仰をお持ちになられますと、前述の人間としての正しい在り方が自然と
身に付くものでございます。

「傷つく」という言葉がございます。
しっかりと信仰をお持ちでしたら、傷つくことなど決してございませんよ。
強い意思で神様のお役に立つことができるようになります。
 

大地の子守唄

かなり前になりますが、大地の子守唄という映画がございました。
ばっちゃんと孫娘が山で兎を取りながら暮らしておりました。
ある日突然ばっちゃんが亡くなりましてね、
孫娘はばっちゃんのことを思い出しながら、独りで暮らしておりました。

ある日人買いに騙されて女郎屋に売られてしまうんですね。
我侭も勝手な外出も許されません。
厳しい折檻で、身体中が血で染まるほど棒切れで叩かれます。

坊さんに助けられましてね、逃げ出すんです。
病気でね、眼も見えなくなっておりましたが、
四国に逃げ出しましてね、
お遍路さんになって社寺を廻る。
といったお話でございます。

最後の、お遍路さんになって歩き続ける部分が、
私は好きでございました。
静かな落ち付いた空間が広がっておりました。
腰に付けた鈴が美しい音色で鳴りましてね。
霊山ならではの素晴らしい気を感じました。


色即是空 空即是色

この世は色世界でございます。

思考の内容は素粒子となり放射されます。
素粒子は想念のエネルギーが物質的に還元されたものでございます。
植物や動物、大自然などは全て素粒子を放出しております。

この世界も素粒子を元に成り立っております。
素粒子が原子を形成し、原子が分子を形成し、
分子があらゆるものを形成しております。
精神世界、すなわち空の世界と
現実世界、すなわち色の世界は
互いに影響を及ぼし合って存在しているものでございます。

光の速度は一定でございます。
電磁波や重力伝達速度、想念の移動速度などと同じ速さでございます。
光や電磁波、重力、念波、霊体などは全て素粒子で構成されておりますので、
素粒子のエネルギー伝達速度で移動するのですね。

素粒子の回転速度にによりましてその素粒子の働きは異なって参ります。
光や炎を発生し伝達する場合にはゆっくりと回転します。
念波や霊体を構成している素粒子は高速で回転しております。

人は魂を生じさせることが可能でございます。
大切にしていたお人形さんは魂を持ちます。
多重人格さんは身体の中に幾つもの魂を生じさせております。
生霊というものも強い念が生じさせた魂でございます。
古神道の中にも自己の分身を生じさせる法がございます。
神経細胞に強い情報伝達が起こりますと特定の意味を持った素粒子が発生します。
その素粒子が蓄積しますと魂が生じるのでございます。

母体に存在する卵子が受精しますと細胞分裂が繰り返され、
7ヶ月程経ちますと神経組織がほぼできあがります。
その神経組織が魂を生じさせ胎児に魂が芽生えます。
ですから、その頃から胎児は自らの意思で動き出します。
守護霊様が母体に入って赤ちゃんを守って下さるのもその頃からです。

水子霊というものがございます。
妊娠9ヶ月以内に流産したお子さんの魂はまだ完成しておりません。
ですから一時的に水子となり御母様について廻ります。
ですが、数ヶ月で崩壊して消えてしまいます。

今、この世界に生きている私達は今初めて生まれた幼い魂でございます。
今は神様に御護り・御導き戴いている身分でございます。
そうして、この世界での修行を終え、天に入られました後には、
守護霊として指導霊として輪廻転生し、新しい魂を護り導かなくてはなりません。

全ては地上を義と愛と慈悲に充ちた素晴らしい世界にするためでございます。
地上に神の国を建設するためでございます。

ずっと以前のことでございますが、
「何故それは起こるのか」といったようなどなたかの御本を読ませて戴いたことがご
ざいます。
ある被験者集団に紙を渡し、四角のいずれかを折り曲げて下さいとお願いします。
次に同じ場所でべつの被験者集団に紙を渡し、右下の角を折り曲げて戴きます。
同じ場所で、さらに別の被験者集団に、四角のいずれかを折り曲げて下さいとお願い
します。
そうしますと右下の角を折り曲げる方が極端に増えました。

意識が蓄積されることの証明でございます。
意識が物質的なものに影響を与える証明でございます。
この御本では、
遠く離れた場所にも想念のエネルギーが伝達されることも証明されております。

素晴らしい科学者でございますよ。
彼もまた、霊的な新しい発見をなされて多くの方に伝えられますでしょう。
彼の使命なんでしょうね。


神の喜びと悲しみ

新しく生まれた魂に神の意識が宿り、
神のおられる方向へ歩き出しますと神は喜んで下さいます。
ですが、悪の意識が芽生え神に背を向けてしまいますと、
神の悲しみはどれほどのものなのでしょうか。
美しい心を持つ故に、
喜びも、悲しみも一際深く大きいものでございます。

神が喜んで下さり、
「よかったね、頑張ったね」って言って下さいますとね、
感動で涙が溢れ出します。
どのような方でもそうなります。
心が洗われたように爽やかな心持ちになるんです。

神はね、
猫の子一匹、犬の子一匹の悲しみにも、
ご自身のことのように共感なされます。
これだけ深い愛情をお持ちなのですから、
悪の意識を持ってしまっておられる方も決して見捨てることはございませんよ。

ただね、
正しいものを妨害しようとされますと烈火の如く怒ります。
愛情があるからお叱りになられるんです。


運勢

暴飲暴食を続けておりますと、胃腸が荒れます。
脂肪がつき体重も変化します。
そうしますと、食事が美味しくない。
ついつい肉食に走る傾向が現れます。
便秘にもなります。
血液もドロドロになりましてね、
多くの病気を引き起こします。

運勢が低下するんですね。
澱んだような気を発しております。

5年程前、私の体重は70キロ近くございました。
一昨年には56キロまで落としましたが、
最近、油断しておりましたら60キロに増えてしまっておりました。
(私事ですみません。)

幼少期から太っておられて、
充分な筋肉が伴っていらっしゃる伊集院光さんのような方ですと大丈夫なのですが。

最適な体重を維持することは本当に大切なことだと感じます。


卯月

4月に入りました。
皆様の中にも新しい環境で新しい生活を始められた方もいらっしゃるのではないで
しょうか。
おめでとうございます。

デール・カーネギー様の「道は開ける」という御本の中に、
一日一日が新しい人生の始まりである。といったようなことが書かれております。
全くその通りであると思います。

私などは本当に駄目な人間でございまして、
環境に慣れてしまいますと慢心してしまいます。
まだまだ怠け心が出てしまいます。
どうしようもない腐った魂でございます。

一日一日を力の限り精一杯生きておりましたら、
必ず何歩かずつは前進します。
明日のことを考えておりますと不安になりますし、
過去のことを考えておりますと先に進むことができません。
落ち込んじゃいます。
ですから、持ち得る限りの知恵と勇気と力を振り絞り、
今日一日を最大限に有意義に生きる。
これが一番簡単なようでございます。

明日の心配は明日考えれば良いことでございます。
なんとかなります。


問答

一人の人が問い掛け、素早くその回答を行う問答というものが、
インド南部でまだ行われているようでございます。
手を叩き合わせて勢いよく擦り合わせる。
これが問い掛ける際の儀礼のようでございます。

日本語で、「申す」という言葉がございます。
神道では「白す」と書き、これを「まをす」と発音します。

両手の間を擦り合わせる。
つまり、「間を擦る」動作が「申す」になったものだと思われます。

神仏に向けて行う合掌も神道では右手を少し引きます。
御心を持って合掌する、
この文化も御釈迦様の地方から伝わったもののようです。


神様の御名前

神様には本名がございます。
とある悪質な宗教団体が建物の名前として使っていたクシティガルバ、
これは地蔵菩薩様の御名前でございます。
地蔵菩薩様はね、実は国常立尊(くにとこたちのみこと)様なんですよ。
古事記では一番最初に登場する神様です。

私達が親しくさせて戴いている神様では、観音様もそのお一方ですね。
聖観音(しょうかんのん)様 アリャーバ ロキテスバーラ様
という御名前でございます。


地獄

地獄の閻魔様はイェーマ様という御名前です。
閻魔王(イェーマラージャ)とも呼ばれております。
悟りを開き自ら望んで地獄に入られました。
罪深き亡者に天の意識を持たせるためでございます。

心に人を傷つけるトゲを持った亡者は針の山に登らせます。
怒りや憎しみ、恨みの念を燃え上がらせている亡者は釜茹でにされます。
肉欲に溺れる亡者は血の池地獄に溺れさせます。
誰とも仲良くせず自己中心に振舞う亡者は誰もいない孤独な世界に置き去りにされま
す。
各々の罪を悟らせる最適な方法で罰を与えます。
亡者はその厳しい環境で自ら誤りを正さなければなりません。


端午の節句

このところ、初夏のような陽気が続いております。
不精者で衣替えもまだ済ませておりませんのに、
気候の変化は本当に驚くべき早さでございます。

窓を開けておりますと隣家の瓦が太陽の陽を反射して輝いております。
航空機に乗り雲を上から眺めた時にも、雲が同じように白く輝いておりました。
「いらかの波と雲の波」といった唄が蘇って参ります。
この季節にぴったりの唄でございます。
この普通の街並みに鯉幟が高く泳いでいる情景に感銘を受けられ、
唄にされました方はどなたなのでしょうかね。
本当に素晴らしい感性の持ち主でございますよ。

今年もまた、ちまきや柏餅などが店頭を賑わすことでしょう。
御子様方には立派に御成長なされて、
社会の役に立ち、輝かしい未来に導いて下さるような、
素晴らしい御人格になって下さいますよう、
期待しております。