ブログより転載(2010年4月)

 



鍛える、の話



回れ  回れ  回れ  回れ
          はいはいはいはいはいはいはいはい

走れ  走れ  走れ  走れ
          ゴー! ゴー! ゴー! ゴー!

叫べ  叫べ  叫べ  叫べ
          カモーン!

ダカラ カラダ 燃やせよ


ってことでね、

燃え上がれー♪、ってことで、


人といいますものは、カラダを鍛えますと余分なお肉が減りまして、

男は精悍に、女は美しくなって行く傾向にあるようでございます。

ところがカラダを鍛えておりませんと、その逆に余分なお肉が付いて、

ぶくぶくとだらしなくなって行くようでございます。


精悍な男は外見的に凛々しく立派に見えますが、

ぶくぶく太っておりますと、オタクかだらしのない人間のようにしか見られませんね。


おっさんはマイノリティーでカラダを鍛えて来なかったからなぁ。

脳も、ココロも、カラダも鍛えなくてはいけないところを、

どうもカラダを動かすことだけは学生時分より余り好きではなかったからなぁ。


でもね、その三拍子揃わないと調和ではないのですね。

三拍子揃ってこそ調和なのですね。

脳とココロとカラダは密接に影響し合っているのですね。


ですから、おっさんもカラダを燃やさないといけません。

どうしようかな。

全く、困ったものです。

困った困った!



課題



私達がこの世界に生まれて参りましたら必ず心掛けなくてはいけないことがありますね。

身体を鍛える

心を鍛える

能力を磨く

感性を磨く

他には、外見も磨くべきだと仰られます方もいらっしゃるとは思いますけど、


身体も、鍛えるべき部分は無数にございます。

能力だって、感性だって様々な種類がありますでしょう。

筋肉を鍛えるのか、

全体的な機能を鍛えるのか、

小脳の司る運動神経を鍛えるのか、

舌の味覚を鍛えるのか、

臭覚を鍛えるのか、

音楽的能力を鍛えるのか、

判断力を鍛えるのか、

記憶力を鍛えるのか、

人間関係能力を鍛えるのか、

情報量を増やすのか、

一人一人に異なったトレーニングメニューがあり、

学ぶべきものがあり、

それを学び鍛え上げることを続ける限り

社会適応力も向上して、

私達は有意義な人生を送ることができるのですね。


ところがね、これをサボってしまいますと社会適応の応力が落ちるのです。

サボりすぎますと社会から取り残されてしまうかも知れない。

おっさんは最近ようやくそれに気付きましたね。

だからね、

人生、勉強、一生、勉強、

お金儲けだけを考えて100歳まで生きるよりも

勉強とトレーニングを続けて有意義な人生をたとえ短命だとしても力一杯に頑張ってみる、

チャレンジしてみる。

おっさんはそっちの方が絶対に良いと思うのですね。



時代はプランテーション



プランテーションという農法がございます。

中南米などでカカオ豆やバナナの一品種大規模農場を作りまして、

そこに原住民を極めて安い賃金で働かせるのですね。

原住民は安い賃金、厳しい労働でありましても、

生活を少しでも楽にするために働くしかない。

働いても働いても生活は尚苦しく、

ところが経営者はどんどん裕福になって行くのですね。


利益の再配分、

なんて考えることもなく、

ただ私腹を肥やすためにどんどん農場を大きくして、

どんどん原住民を雇い入れる。


日本にありましてもね、

インターネット関連事業で大きくなったIT企業も、

派遣とかで労働力を安く上げて、

利益の再配分なんて考えることもない。

これはね、やはりプランテーションの経営者と全く同じ意識構造なんですね。

何も変ることはないのです。


この世界の、資本主義社会にありましては、

それが許される。

でもね、金持ちは天国に入ることがどんなに難しいかを知ることではないかと思いますね。


先進国が後進国にものを売りつける。

中国などはアフリカの未開種族にまで携帯電話を売り付けているそうなのですけど、

判断力のないものに、

判断力のないことを良いことにものを売り付ける、

それは正しいビジネスではありませんね。

フェアな取引であるとは言えず、

どちらかといいますと金儲けに利用していると捉えることが正しい見方ではないかと思います。


判断力のない者には、判断力を養う方法を教え導いて差し上げる。

育てて差し上げる。

取引はそれからではないかと思うのです。


地球はもうそろそろ、愛と思い遣りに溢れた惑星になっても良いと思うのですね。

日本の経営者さんも、中国の経営者さんも、政治家さん方も、

もう少し考えて下さった方が良いのではないかと思いますね。



今、生きている幸せ



何かね、上手く話せるかどうかは分かりませんけど、


例えばね、人間の子供を犬猫のように躾ければどうでしょうか?

確かに、従順に育ちますね。

でも、その分心の自由度は失われてしまいます。


社会にありましても、人と犬猫のような主従関係は至る所で見受けられますね。

強いものが弱い者を従える。

それは腕力の場合もありますでしょうし、立場上の場合もありますでしょう。

強いものが弱いものの自由を奪っているのですね。


ただ、自由を奪おうとする者に自由を奪わないでとお願いしましても、

それは無理な話で、

自由を奪うものは次から次へと際限もなく現れて参りますでしょう。


ここに、不満という兵士がおります。

いえ、心の中にいるのですね。

自分本位という武器を持って、

自己保存という鎧に包まれ、

自我我欲という攻撃をする兵士ですね。


この兵士は、自分たちが護っている心の王国の内側のことには関心がないのですね。

自分たちの欲を満たす上で障害となる敵を攻撃することしか考えてはいないのです。

そうして、欲は、次から次へと際限もなく生じて参ります。

だから次第に心の王国が他に害を与える軍事王国に成り下がってしまうのですね。


そしてまた、ここに満足という名の僧侶がおりますね。

満足という名に相応しく着るものにも食べるものにも無頓着、

腰が低く、深く頭を下げるその姿は感謝そのものであり、

辛抱強く説法を繰り返すその勤勉なひたむきさは、

生かされておりますことへの報恩の行為そのものですね。

その僧侶が反省という名の説法でこころの王国を善導して下さろうとしているのです。


不満が増えれば兵士が増えて争いが増えるのですね。

不満という戦争、

世の中に戦争を厭う人は多くても心の中の戦争に目を向ける人は少ないですね。

その逆に、僧侶が増えますと心の王国は安らぎに満たされるのです。


この世界には迫害しようとする人もおりますし、

強要しようとする人もおりますでしょう。

自由を奪おうとする人もいるのですね。

でもね、要は人なんて関係ないのですね。

全て自分との闘いなんです。

孤独な闘いなんです。

ですから不安にもなりますし、絶望だってするのです。

それはね、当たり前なんです。

そうして、その不安や絶望を超えたところに神霊は存在するのですし、

神霊の意識がその不安や絶望を超えさせて下さるのですね。


そうして、自分に打ち勝って、

どのような敵にも侵害されない心の王国を確立して、

自立して、

足元が固まって余裕が生じましたら、

また人の人生とも向き合って差し上げましたら良いのですよ。

そうしましたら、その人を想う行為と想念は、

さらにご自身の人生を豊かにして下さいますでしょう。


まず、生きていることのよろこびを感じて感謝することですね。

今、ここに居ることの幸せ。

その上に食べるものがあり、着るものがある、

その上に愛する人だって居る。

それで不満なんて持ちますと罰が当たりますよ。

きっとね。



遅い歩み



このところ、夜中にお勉強を致しておりますおっさんです。


サーバーとか、

Linuxとか、

Javaとか、

Eclipseとか、

地理とか、

日本史とか、

漢字とか、


覚えたいことは山ほどあるのですけど、

遅々刻々、とその歩みは本当に禿でノロマな亀でございます。


サーバーはね、

DHCPとか、DNSとか、Winsとか、PDCとか、BDCとか、NBTとか、

相変わらずそんな世界で、次から次へと新しい略語が現れて参ります。


RedHatLinuxでサーバーを立ち上げようとしておりまして、

それが何でか上手く行かない。

どうもね、Linuxはパソコンとの相性があるようなのですね。

もうこれはずっと悩んでいるのですけど、

何れおっさん独自のサーバー用ディストリビューションも開発したいな、

なんて考えるのでございます。


でもさ、楽しいじゃん。

少しずつでも色んなことを覚えて、可能性が広がって行くのですから、

こんなに楽しいことはないのですね。

で、毎日夜中の四時頃まであれこれとやっておりまして、


最近は引きこもってネットやゲームばかりしている人が多いそうなのですけど、

おっさんにはそれが何で楽しいのかが分からないのですね。

魂の炎がどんどん小さくなって行くようで心配なのですけど、

それよりもね、オタクでも良いからどんどん色んなことを覚えて、

可能性を広げて行けば視野も広がって見えるものも変わって来ると思うのです。


ほら、宮崎あおいちゃんも歌って下さっているのですし。

ヒマラヤほどのミサイルひとつ、、、ってね。

あ、違ったかな。

ちょっと恐い方に間違えちゃったかな。



適性



人材市場は相変わらずの厳しい状態でございまして、

人を人として扱って下さるような求人などどこにもない。

ただ、介護業界は人材が不足しているにもかかわらず、

3K(給料が安い、厳しい、汚い)ということでなかなか飛び込もうとされます方がいらっしゃらず、

職離れが目立っておりますような状況であり、

IT業界も人材が不足しているにもかかわらず、

企業の人材を育てようとする姿勢が見られず、

やたらと高レベルの求人条件を設けて門前払いばかりしておりますような状況が続いております。


それに比べまして、

インドネシアから出稼ぎで日本の介護業界に飛び込んで来られました新人の介護師さん方は、

日夜3Kのお仕事に楽しく励み、

夜な夜な眠い目をこすり国家試験取得のための勉強を続けていらっしゃる。

この前向きな姿勢は、

後ろ向きに嫌々働き、ストレスまみれでうつむき加減に生きておられます日本人とは、

如何に対照的に映って見えることでしょうか。


ハローワークでね、

能力がないから、スキルがないから、と誰にでもできる仕事ばかりに応募して、

いつも自分より若い人に求人枠を奪われてしまう。

それはね、当たり前なのですよ。

何もスキルがない、何をすれば良いのかも分からない。


でもね、違うのですよ。

まず、ご自身が何をしたいのか、

魂が、何を求めているか、なんです。

そうしてね、そのしたいことに向かって、これからチャレンジして行かれましたら良いのです。

スキルはこれから蓄積して高めて行かれましたら良いのです。


経済的な余裕がない、

時間がない、

まず仕事を手に入れなくてはいけない、

ってね、違うのですよ。

それではいつまで経っても採用は難しいと思いますよ。

急がば回れでね、

自己管理でスキルを高めて行くその姿勢がありませんと

どこの職場でも受け入れては下さいませんでしょうし、

満足の行くお仕事をすることもできませんでしょう。


興味があって、楽しく努力してスキルを高めて行ける。

前向きにね、プラス思考で向かって行ける分野、お仕事、

それが適性というものではありませんか?

だからこそ、社会の役にだって立てるのではありませんか?


今は殆どの日本人がストレスを抱えてしまっていて、

精神的に患ってしまっていて、

直接お仕事に結びつくかどうかも分からない勉強に力を注ぐことなんてできない、

って思われるかも知れませんけどね、

それはストレスで心が後ろ向きになっている証拠なんです。


それでもね、自分の足で一歩ずつ歩いて行かなくてはいけないのですから、

心が正しい方向を向くように少し心を休めてみられますことではないかと思いますね。


でね、少し前に、

スキルアップのために一日10ページ本を読んでみられましたら、なんてお話をさせて戴きました。

毎月、たった一つ課題を考えて、その課題をこなすだけでもいいと思いますよ。

今月はこれをやってみよう、チャレンジしてみよう、

そんなことでも続けておりますと、一年後には相当高いレベルに到達しておりますでしょう。

きっとね。



旅空



さて、いよいよGWも近付いて参りました。

海外にお出かけの方も多いのでしょうか?

今は、何ですか、飛行機で食事が出ないとか、

それで空弁とかが流行りだして、

いえ、その辺の事情には疎いです。

だってもう13年、飛行機には搭乗しておりませんから。

いえ、火山噴火の影響で飛行機の便はまだ乱れているのでしょうか?


その昔、おっさんがシンガポール航空の飛行機に搭乗しました折、

おっさんはスチュワーデスさんに話し掛けられました。

ポーク? or チキン?

って。

豚か?臆病者か?

???

そりゃおっさんは太っているし、ここだけの話、根性なしの臆病者です。

ですから、ここは、sure(確かに)と答えるか、或いは

Yes I am pork and chicken.

と答えるべきなのでしょうけど、

どうも様子を見ておりますと、

おでぶちゃんにはポーク料理が

臆病者にはチキン料理が振舞われるようでございまして、

おっさんも威勢良く、チキン!(臆病者です)と答えまして、

物言いが付くこともなくチキン料理に舌鼓を打ったわけでございますが、


入国の際には、How long time なんちゃらかんちゃら、

と問いただされまして、

まあ、臆病者の豚がワシの国にどんだけおるつもりなんや、ということを訊かれたのでしょうけど、

おっさんはそこで慌てふためきまして、

ファイブデイズ(五日です)と答えるつもりが、

ファイブミニッツ(5分です)と答えてしまったという、

おばかな話があるのですけど、


まあ、そのようなくだらないことも記憶に残っているものでございます。


旅は、ええですなあ。

どこか遠くへ行きたいだすなあ。



求められているもの



アイスランドで火山が噴火しました。

ヨーロッパやアジアの空の便が乱れて世界中が右往左往。

大地震があったかと思いきや、今度は火山の噴火ですね。

その前には日本に黄砂が飛んできたりしました。


おっさんはね、

国家という括りで利害を考え互いに争っているからそのような事象に対応できないのではないか、

と思うのです。

国家同士が自国の利益ばかりを考え争っているから、

自然が破壊されたり、貧困が生じたり、災害に対してスムーズに対処できなかったり、


例えばね、ヨーロッパ政府とかアジア政府、中東・アフリカ政府、北南米政府、

なんてものをこさえてね、

互いに技術の交換とか、環境汚染への取り組みとか、人材の自由な交流とか、災害時の緊急対策とか、

そういったことを共同ですれば良いと思うのですね。


勿論、国家という概念も必要でしょうけど、

国同士が国家の枠組みを取っ払って仲良く協力し合う。

それをきっと神霊は求めているのではないかと思うのです。

そうして世界がもっと効率的に機能し始めるようになりますとね、

きっと人はもっと住みやすくなるし可能性も広がるのではないかと思うのです。


まあ、色んな克服すべき問題はあるかも知れませんけど、

そこにその人に相応しい仕事があるいのなら、

日本人が韓国に出稼ぎに行ってもいいじゃないですか。

中国にもっと環境に優しい技術を教えて差し上げましてもいいじゃないですか。

世界的な客観的な視点で領土問題や歴史問題を考えてみてもいいじゃないですか。

東大阪の最先端技術者が世界で活躍してもいいじゃないですか。

災害時には色んな国の人が力を合わせて被災者を救済し、

互いの得意分野を生かして対策を考えてもいいじゃないですか。

隣国同士もっと仲良くしてもいいじゃないですか。


そう思いませんか?



せっけんのお話



いえ、石鹸ではなくて、石硯のことなんですけど、

おっさんも商売柄硯には興味がございます。

できれば良い物を手に入れたい、買い求めたい、

できることなら大自然の中のほんまもんの、

硯に相応しい石を探し出したい、

とそのように思うのでございます。


テレビでは古物を鑑定するといいますような番組がありまして、

先日も石硯に数千万円の値が付いておりましたけど、

これは自然の石を昔々の中国人が硯に創ったものでございまして、

ある鑑定士の先生などは、

幽玄の美が見事に現れておりますね。

と、仰っておられました。


人の手が加わったものでもそうなのですから、

もし大自然のどこかから硯として相応しい硬さ、形状のものを見つけ出すことができましたら、

それは間違いなく家宝になりますでしょう。

取引などしようものなら、幾らの値が付きますことか知れませんね。


石ひとつでも形次第、使う人次第で笛にも硯にも何にでもなるのですね。

トンカチにもなれば漬物石にも庭石にもなるのです。

価値観だって使い方ひとつ、使う人それぞれでも違って来るのです。

いえ、下ばかり向いて歩いておりましてもいけませんけど、

これからの季節、ハイキングがてら綺麗な水の流れの河原にでも石探しに出掛けてみる、

なんて良いかも知れませんね。



将来の夢



将来の夢は、何であるか?

と訊きますと、子供たちは例えば、

「ボク、ウルトラマンになりたい」

とか

「消防士になりたい」

「お花屋さん」

「ケーキ屋さん」

などと、自分たちのなりたい職業を並べますね。

これが少し大人になりますとしますと、

「サラリーマンになって出世する。」

「社長になる。」

「まあ、部長かなあ。」

「商売をやって成功する。」

なんて発言が増えて参ります。


でもね、違うのですよ。

おっさんは夢を訊いているのであって、手段を訊いているのではないのです。

彼らは将来の夢と、夢を実現するための方法をはきちがえているのですね。

でもって、将来の夢を見ているつもりで実は何も見てはいないのです。


あのね、

ウルトラマンになるくらいなら誰だってできるのですよ。

だって、自分がウルトラマンだと思えばウルトラマンなのですから。

そうではなくて、ウルトラマンになってどうしたいのか、

例えば怪獣を倒して地球の平和に貢献したい、とかね、


会社の社長になる。

まあ、頑張れば誰でもなれますでしょう。

で、それからどうしたいのか、

新商品を次から次へ世に送り出して人類をブイブイ言わせたいのか、

裕福で安定した暮らしをしたいのか、

味噌おでんの味を世界に広めたいのか、

一体、社長になって何をしたいの、ってところがね、

ないのですよ。


目的が見えていないのですから、次に何をするべきなのかが分からない、

道が途切れてしまっていたり、

近道さえ現れてこなかったりするのですね。


大人でも、老人でもね、

将来の夢はあるはずなんです。

それは間違いなくあった方がいいですね。

そうして、その目的を考える時に、

目的と手段を間違えないこと、

これは大切でございますよ。



みくじ



先日の旅行でおみくじを引き忘れておりまして、

今日は西宮神社にお参りに参りまして、

御籤を引いて参りました。


第一番 大吉

まこともて 神をうやまひまつりなば

よろづのねがひかなはざらめや


神霊はこのところ、常に私のために大吉を与えて下さいます。


運気とは、一体何なのか、と考えます。

神霊や守護霊に護られている。

これ以上強い運気はないのではないかと思うのです。

色々ありましても、護り導かれておりますと最後には必ず良い方向に行くのです。

そうではないかなと思うのです。


内側からも外側からも護り導かれていて、

でも、これが不満をもってしまいますと内側からの護り導きが得られ難くなりますね。

それに何も吸収せず跳ね付けてしまうようになりますね。

ですから常に素直な心で、

魂の思う侭に生きていることが大切なのですね。


そんな風に生きておりますと、神霊は必ず大吉を出して下さる。

いえ、これほんまですよ。

だって、おっさんもこのところずっと大吉ですもん。



SFミステリー



人工衛星と地上をエレベーターで結ぶ計画があるそうでございます。

短時間で人工衛星と地上を行き来するため、

上りはジェット噴射、下りは落下という手段で動く、

そのようなエレベーターですね。

2030年、その計画は見事に実現しまして、

誰でも自由に宇宙旅行を楽しめる時代が訪れました。


ここに、一人の富豪がおりまして、

宇宙旅行を楽しみまして、その際に一トンの金塊を二つ、

どこかの惑星から持ち帰りました。

エレベーターに乗ったその富豪は両脇に金塊を抱えて、

にこやかな表情で地上へ向かいました。


さて、一時間後、そのエレベーターが地上に着きまして扉が開きますと、

その富豪は二つの金塊に挟まれてぺしゃんこになって死んでおりました。

事故か殺人か、調査が行われましたけど、何も分かりません。

ところがアインシュタインの生まれ変わりと称されるある偉大な科学者はこう云いました。

そんなことをしたらぺしゃんこになるのは当たり前じゃないか。とね。


さて、この富豪はどうして二つの金塊に押しつぶされてしまったのでしょうか。

ヒントは、重力でーす。

分かる人には分かるすこぶる科学的な問題でーす。

はい、答えは教えなーい。

知りたい人はおっさんまで。



地理を考える



例えばね、地球は広いもので、

世界各地には色んな地理的条件があるものでございます。

100年後には扇状地になっているであろう場所、

100年後には楯状火山ができているであろう場所、

100年後には砂漠になっているであろう場所、

それは地理という学問から多少は覗き見ることができますけど、

心霊の世界から見ますと、それはもう明らかに分かるのですね。

これはおっさんだからそうはならないかも知れない、

自分だけは例外なんじゃないか、

とそのように考えておりましても、

必ずそうなるのですね。

それはもう100%間違いなくそうなるのです。

それはね、私たち人間も同様なんです。

大地の話も、人間の話も、自然界にあるものは全て同じ理、同じ法で動いているのですから、

なんら異なるものではないのですね。

そうして、それを見極めて守護霊さんも導いて下さる。

ここの海岸の砂はキメが細かくなる、とかね、

扇状地の中央には果樹園に相応しい大地が広がる、とか、

この魂はこのような霊格を形成する、とか、

全てもう大宇宙、大自然界に調和をもたらすようになるべくして、

最も魂の成長が望まれるべき方法で、道筋で、

私たちは導かれているのですね。

きっとね、そうじゃないかと思うのです。

だからこそ、私たちが今ここに居ることに大きな意味があるのだとね、

おっさんは思うのでございます。



こだわる理由



もしね、もしですよ。

あなたの部屋にパソコンが二つあって、

一方に大切な大量のデータが入っている。

或いは一方にだけDVDドライブが搭載されている。

そのような時に、

大切なデータをもう一台のパソコンでも参照したり、

DVDの中のファイルをもう一台のパソコンに取り込みたい、

って時にね、

あなたなら、どうしますか?


勿論データは毎日蓄積されて行きますし、

各パソコンに二重にデータやファイルを落としますと容量がそれだけ必要ですね。


どうしますかぁ?

DVDのファイルは別メディアに落としますかぁ?

それぞれのパソコンにデータやファイルを放り込んでミラーリングしますかぁ?

それとも、LANで共有しますかぁ?

元気ですかぁ?

共有すれば何でもできる、1、2、3、ダーッ!


おっさんのパソコンも昨日LANで共有できるようになりました。

はいな。


おっさん、一昔半前にはコンピューターの会社におりました。

で、そこで色々ありまして、精神を患いました。

いえ、今は健康そのものですけど、

次第に意欲が失せて、

逃げられないという強迫観念にとり付かれて、

パニックが生じて、

おっさんはその環境から逃げ出してしまったのですね。


逃げる。

人間、逃げてはいけませんね。

守護霊さんはそれを納得の行く形で終わらせない限り、許しては下さらない。

逃げてばかりおりましては成長できませんからね。

それで、「済」のハンコが押されぬまま、そこで停止状態になるのですね。

だからおっさんはそこで挫折して投げ出してしまったことを

納得の行く形で終わらせなくてはいけないのですね。

そうしなくては守護霊さんも許しては下さらないし、

深層心理でも納得できないまま、いつまでも心に引っかかったままでいなくてはいけない。


そんなことでおっさんは色々とパソコンとかプログラミングに再チャレンジしているのですけど、

おっさん頭でプログラミングは楽しくとも少々厳しいものがございますな。



今、考え中



ええ天気だすなあ。


桜も満開も満開だすなあ。


花見に行きたいだすなあ。


ほな、行きまひょか?


行きまっか?


ほな、行きまひょ行きまひょ。


なんて日和でございますなあ。


今日明日が桜の見れる最後の休日かも知れまへんなあ。


ここはひとつ、出かけるっきゃないだすなあ。


吉本見てから出かけまっか?


よろしおますなあ。



携帯新時代



おっさんは携帯電話を携帯しておりません。

と、そのようなくだらないことを先日どこかで恥ずかしげもなく申し上げました。

それでも携帯電話といいますものが新時代に突入したであろうことは、分かります。


Eclipse(エクリプス)、

なんていうJAVA言語のプログラミングツールが登場しましたのは、

そんなに昔のことではなかったように記憶しております。

このEclipseを使いますと、煩雑なJAVAのプログラミングが簡単にできるのですね。

そうして、最近では、このEclipseは、

JAVA言語だけではなくて、

C言語、Ruby言語など諸々のプログラミング言語に対応するようになっているのですね。


そうしますと、Eclipseを殆どのプログラマーが使い出すようになりますね。

そうして、今まで以上に簡単にGUI(グラフィカル ユーザ インタフェース)を駆使した

プログラミングができるようになるのですね。


かなり専門分野のお話で恐縮です。


でね、少し前、いえ、ほんの少し前にね、

グーグルさんが、アンドロイド携帯端末を世に出しましたでしょう。

でもって、Eclipse用にアンドロイドの開発プラグインも提供していたのですね。


いえ、これはね、凄いことですよ。

アンドロイド携帯端末で動くソフトウェアを皆が作り出す。

ということはね、皆がアンドロイドをこれから益々持つようになるということなんです。


勿論、他の携帯会社もアンドロイド対応機種を増やしているようですし、

これからはアンドロイド対応でない携帯端末は流行らなくなりますでしょう。


いえ、そこまでは良いのですよ。

まあ、グーグルさんが王手を打った程度のことなんです。

そうして各社が慌てて金や銀で王さんを守り始めた。

その程度のことなんです。


でもね、でもですよ。

グーグルさんはそれまでに、

グーグルアース、とか、

Chromeブラウザ、とか、

Chrome OS、とか、

グーグル漢字変換、とか、

予備の王将を3つも4つも右手に握り締めているのですよ。


これはもう、グーグルさんの一人勝ちではありませんか。

これからどんどんグーグルさんはその王将を騎盤に展開し始めることでしょう。

もう、ソフトバンクもドコモも歯が立たない。


アンドロイド恐るべし、

グーグル恐るべし、ですよ。


あ、そういいましたら先日グーグルアースで遊んでおりましたら、

文具屋のおばちゃんが衛星写真にものの見事に写っておりました。

グーグルさんのスパイ衛星?も恐ろしかものですね。

まあ文具屋のおばちゃんはそれを見て喜んでおりましたけどね。


おっさんも早期にアンドロイドに対応しなくてはいけないかな、

と考える今日この頃でございます。



魂の絶対法則



私たちの中には魂というものがございます。

魂は、純粋な私たち自身なのですけど、

それが表面意識や脳の状態に影響されて、

本当の私たち自身が分からなくなってしまっているのですね。


魂はね、善人ですよ。

不満や怒り、憎しみ等の不調和で自己中心的な想念・感情が大嫌いで、

真摯で誠実、そしてとても努力家なんです。

魂は自然が大好きですね。

それは魂の声を聞いてみますと誰にだって分かりますよ。


一日一日をね、

魂の生きたいように生きるんです。

常に魂の声に耳を傾け、

魂に語り掛けて、

信念を持って一つ一つの想念行為を丁寧に行うのです。

ただ、間違ってもそれは自己中心的な考え方や不調和な想念ではありませんよ。

諦めでも、不安でもないはずなんです。

もしそういった考え方や想念が現れて来るのでしたら、

それは表面意識に存在する余り好ましくないものが原因ですね。

ですからその声に耳を貸してはいけません。

反省して表面意識を綺麗に磨かなくてはいけませんね。


そうしておりましたら、必ず変わって来るはずなんです。

環境とか、人生とか、

必ず良い方向に道が拓けて来るはずなんです。


それがね、昨夜書かせて戴きました内容の本質ですよ。



桜の命



お休みを戴きました。


沢山歩いて、沢山の神社を巡って、沢山の狸さんと会って、

戻って参りました。


保津峡にも参りました。

トロッコ列車にも乗りました。

草津にも参りました。

信楽焼きの狸の置物も買って参りました。


ところがどうしたことか桜はまだ早かったのですね。

桜ちゃん、早過ぎちゃってごめんね♪

って感じですね。


ところでね、桜はパーッと咲いてパッと散るのですね。

命をながらえようとする気持ちなど微塵もない。

花を咲かせて沢山の命を悦ばせて、

役割が済みましたらはいさようなら、ってね、

春の季節の一時を、本来の使命のためだけに、

命の限り咲き誇るのですね。

桜はね、それが一番価値のある生き方だと知っているからなのですね。

人間のように無闇に命を延ばす目的で価値のない生き方を選択したりすることはないのですね。


桜の命、桜の価値観、

人の命、人の価値観、

おっさんは今、その価値観の実践のために学ばされ、導かれ、

今回の旅もそのためのものであったようでございます。


でもって、本当に価値のあるものとは何なのか、

少しだけ具体的に見えたように思うのです。

その価値観から離れれば離れるほど、当然の如く運気も閉塞してしまう。

それも当然のことであると分かりました。


割れた狸もおりましたね。

接着剤で修繕されたその狸を見ておりまして、

現象界の理も再認識致しました。


無常、

栄枯盛衰、

盛者必衰、


その上で、力の限り花を咲かせることこそが、

全ての命の尊い生き方であると、

それこそが真の悦びであると、

それはまさしく神霊が私たちに伝えて下さろうとしていることではないかと、

思うのです。


それが、今の暗闇の時代にストレスを抱えて生きる人への、

かすかな光になるのではないかな、と、

命に希望と悦びを見出す蜘蛛の糸になるのではないかな、と、

おっさんは考えるのでございます。