ブログより転載(2006年6月〜7月)

 

新興宗教

最近、また韓国の摂理という新興宗教が日本で悪さをしているようでございます。

次から次へと、新興宗教が事件を起こしてマスコミに取り上げられる。
それでも何故、信者達は新興宗教を信仰し、望んで被害に遭おうとなされるのでしょうか?

オウムにしてもそうなのですが、
自分の信じているものが間違いであったことが証明されても、
それでも尚、団体を離れようとせず、間違った宗教にしがみついている、
何故、そんな愚かな信者が多いのでしょうか?

洗脳されてしまっているからでしょうか?
いえ、それは違いますね。
洗脳では、人の心、魂まで支配することはできませんから。

私はこう思いますね。
多くの信者は、ただ孤独を紛らわせて下さるものがあれば、
それがどのように危険な団体でありましても、
教義に誤りがありましても、
そんなことはどうだって良いんですね。
皆でやれば恐くないってことで、皆と同じことに遣り甲斐を感じて団体の一員であることがね、
一番彼らには安心できるんです。

それは信仰とは余りにもかけ離れた愚かな在り方でございますね。
誘われたから、楽しそうだったから、そんな軽率なお考えでね、
宗教の恐ろしさも分からず、人間の愚かさもわからずに宗教にのめり込む。
それは本当に、危険この上ないことでございます。

悪霊の思うが侭に操られ、人生を台無しにしてしまうんです。
命を失い、魂を乗っ取られ、
最悪は苦しみの中で永遠にもがきつづけなくてはならないんです。

ですからね、少しでも賢くなって戴きたい、
信仰宗教や間違った宗教は素早く見抜き、教義の誤りを見抜き、
そういった団体には蹴りを入れ唾を吐き捨てて下さるようになって欲しいんです。

そのためには私のサイトなんてうってつけだと思いますけどね。(笑)

 

病気について

私達は、誰でも病を患います。
また、年を重ねますと、身体のあちらこちらにガタが生じましてね、
身体機能が衰えて参ります。

私達の身体には私自身の魂以外にね、各器官それぞれに別の魂が宿って下さっているんです。
それは、それぞれの器官が調和し合って、正しく健全に機能し続けるためなんです。

身体を支えて下さっておられます沢山の魂、
その魂が悲鳴を上げている。
それは、この身体の支配者が、調和することを忘れ、欲にうつつを抜かし、
身体の諸器官を思い遣ることも忘れて、不調和な生活を続けて来てしまったからに他ならないんです。

不調和な想念や、不満、愚痴を聞かせ、
欲にまかせて必要以上の食物を摂取して胃腸を酷使し、
肺をニコチンで真っ黒にし、
睡眠も余り取らずに、また怒りでノルアドレナリンという猛毒を大量に生産して脳を傷付け、
感情の不調和から血管をむやみに膨張と収縮を繰り返させ、
また大量の塩分や脂で血管を痛めつけ、
栄養の偏りによって、細胞を栄養不足や栄養過多で苦しめ、免疫力さえも低下させ、

偏った生活習慣も長年積み重なりますと、身心への大きな影響、ダメージが現れて参ります。

ですからね、私達は身心を思い遣った正しい生活習慣、
中道の、偏りのない、愛と、感謝と、思い遣りに溢れた生活を日々心掛けるべきだと思うんです。

そうしておりますとね、
細胞が癌化したり、諸器官がその働きを放棄してしまうようなことも、
流行病や疫病に罹ってしまうことも少なくなると思うんですね。

命の限り、身体は健康であって欲しいものでございますね。

 

覚者

私には、全ての魂の中で最も尊敬する先生がおります。
私が中学生の頃に御亡くなりになられました方で、実はお釈迦様の生まれかわり、お釈迦様の魂の兄弟、お釈迦様以上の霊格をお持ちの方でございました。
今生でも如来様の覚りをお開きになられまして、沢山の方を救い、教え導き、沢山のご本を出版して40代前半の若さで、ご自身の予言どおりに御亡くなりになられました方でございます。

高橋信次様、そのお名前をご存知の方も多いのではないかと思いますが、

昨日から、その先生のことが詳しく書かれておりますサイトを見付けましてリンクさせて戴いていたのですが、
今日、沢山の頁を拝見させて戴いておりまして、やはり少し偏りや間違いがあるということが分かりました。

私のサイトにも間違いは沢山ございます。
覚りを開かぬ生身の人間のすることですもの、誰にだって間違いはあるんですね。
でもね、正しいことを伝えるためのサイトに間違いがありましては、
多くの人を正しい道に導くことができずに迷わせてしまうことになります。
この点では私も苦慮しております。

高橋信次様が本当に私達に伝えて下さりたかったこと、心の世界、魂の世界、私達が幸せになるための方便、
これはね、本当に詳しく書かれておりました。
ここの部分だけ見ますと、本当に素晴らしいサイトでございました。
でもね、宗教的にかなり入り込んでしまっておりました。
他の宗教人のことにつきましても、その方の次元の低い活動等につきましても、等しいレベルで記載されておりました。

ですからね、これは勘違いしてしまうと本当に危険ですからね、今回はリンクから除外させて戴きました。

高橋信次先生の詳しいことをお知りになられたい方は、
著作本が三宝出版というところから沢山出版されておりますのでね、
是非、御読み下さいましたらと思います。
それがね、間違った知識を詰め込んでしまわない一番安全な方法ですからね。

 

世間

当たり前の生き方、普通の考え方、
ものごとの本質を観抜き、真実に気付いて、
正しく生きようとする姿勢、
幸せになろうとする前向きな姿勢、

何も気負う必要はないんです。
弱気になることも、強気になることも、
飾ることも、必要ではないんです。

表面的にしか見ておりませんと、やはり思考の次元も低くなってしまいます。
低い次元で、どんなに偉いそぶりをしておりましても、
虚しいものでございます。
低い次元の物同士が話し合ったところで、低い次元の結論にしか到達し得ないんです。

魂から生じる言葉のみが人を動かし、変えることができるんです。

今日は、布亀(置き薬屋)さんが来て、
祝詞と御真言を少し唱えて、
キャベツとキュウリをスライサーでおろして、
髭を剃って、
ソーレソレソレ髭を剃れ、などと叫んで、
素麺を納豆に混ぜたものを戴いて、
少し本を読んで、少し考えて、
コーヒーを飲んで、
一日が暮れて行きました。

鳩胸と猫背は、鳩胸が必ず勝つんです。
でも確率的には五分五分なんです。
小梅太夫も時には「うれちーーーー」と喜ぶこともあるんです。

人生、何一つ無駄なことはないんです。
正しく、幸せに向かって力強く生き抜いて欲しいものでございます。

 

民謡

夕方にね、商店街に続く路地を歩いておりますと、どこからか三味線の音が聞こえて参りました。
夏祭なんかもそうですけど、今は三味線の音が心に染み入る季節でございますね。
それでね、自宅に戻りまして民謡のCDを取り出して聞いております。

日本全国、津々浦々に素晴らしい民謡は沢山あるものでございますね。
聞いておりますと、魂の奥底を大きな強い力で癒して、慰めて下さっているような心持ちになります。

私は何故か、東北の、福島辺りの民謡が好きですね。
昔からずっと東北に引き寄せられておりましたような気がします。
きっと、私の魂の経歴の中に、何かあるのでしょう。
東北地方が、何か重要な意味を持っているんです。
北海道でもなく、北陸でもなく、中部地方でもなく、近畿でも、関西でも、中国地方でもなく、
四国でも、九州でもなくてね、
東北地方なんです。
私の魂がね、そこに行きたい、行きたいって叫んでいるような気がするんです。

不思議なことでございます。

 

商売人

私は私の仕事を、個人神職だと思っております。
決して商売人ではないんです。
ましてやビジネスなんてものではないんです。
ですから、お客様ではなくて御依頼主なんです。
取り扱っておりますものも、商品ではなく、「心」なんです。
商品はね、絶対に扱わないんです。

有り難いことにね、心には消費税は掛からない。(笑)

事業者向けのセールスの電話が掛かって参りますでしょう。
でね、その辺のところをご説明申し上げてお断りするのですが、
余り良く理解して下さらない。

ところで、商売人って何なのでしょうか?
最近感じるのですが、今時の商売人は商売が下手ですね。
金儲けばかり上手いんです。
信用が余り重要視されない時代だからなんでしょうね。

いんたーねっとでお店を開いていらっしゃいます方も、その殆どが商売の「し」の字も知らずに、
お金儲けに勤しんでいる、そんなことを強く感じます。
有名なサイトだって同じなんですよ。

いい気分で楽しくお買い物ができる、安心してサービスの利用ができる、
そんな昔ながらのあきんどが増えて欲しいものでございますね。

 

悩み

たとえばこの世界に終わりが来ても
想いは果てることなく
命はまたどこかでその営みを始めるだろう
そうしてまたひとつの産声があがるだろう
兵士は銃を手に敵の命を奪うだろう
独裁者はまた独裁を始めるだろう
命はまた、必ずどこかでその営みを繰り返し
調和に向けた道を、神の指し示す道を歩もうとするだろう

命の、その永い営みの中で

私たちの悩みはほんの小さなものであるように思われる
取るに足らないものであるように思われる
ただ、ひとつだけ言えることは
あなたの人生がいばらの道であったとしても
絨毯の上であったとしても

私たちの心の中にはただひとつの、
変わらないものがある
素晴らしいものがある
それは海の底に沈んだ宝石のように
ひっそりと光り輝いている
そこに全ての真実が隠されている

 

霊能者

最近、霊能者を名乗る者から被害を受けたなんて話をよく耳にします。

高額な商品を買わされる、
頼んでもいないのに鑑定や除霊をして、高額な料金を請求される、
頼んでもいないのに頻繁に電話が掛かってくる、
強引かつ執拗に、商品の購入等を迫ってくる、

といった被害ですね。

昔から、このような低レベルの悪質な霊感商法はありましたね。
未だに、このような霊感商法で人を騙している人がいて、
未だに被害に遭ってしまう方がいらっしゃる、ということは驚きでございますね。

騙す人はね、恐らくは悪いものに憑依されて判断力を失ってしまっているのでしょう。
人間としてもどうしようもありませんのに、人を救うことなんてできるわけがないんです。
中には悪霊の手助けにより何らかの奇跡のような現象を起こすことができる人がいらっしゃるかも知れません。
でもね、それもほんの子供だましのようなことなんです。
人を幸せにするレベルには程遠いんです。


ところで、たまに、私は本物なのか、偽者なのかと尋ねられることがございます。
何について本物、なのかわかりませんけど、

霊能者なのかといった点では、私は偽者でございますよ。
私は霊能者ではありませんし、なりたくもありません。
それは私の目指しております方向ではありません。

覚者なのかといった点でも、私は偽者でございますよ。
如来様ほどの覚りも開けておりませんし、人の人生を見通すこともできません。

何らかの寺社、陰陽道やその他の宗教、呪術系、精神世界系の団体に属するものか、
といった点でも、
私は偽者でございます。
私の理念は、そんなに低いレベルではないんです。

そこいら辺りのことはホームページのどこかに詳しく書いておりますけど、

霊能者さんもね、本物の霊能者ならもっと高貴で正しい理念をお持ち下さいますことととね、
霊能者さんのお力をお借りしようとなされます方もね、もっと判断力を養って戴きたいものでございます。

高貴な正しい理念をお持ちの霊能者さんでしたら、やがては心眼を得るに至りますでしょう。
スピリチュアルカウンセラーの江原さんもそうですね。
逆に、心眼を得てから霊能力が身に付く方もいらっしゃるんです。
そういったことも真の神様のお力添えがありましてこそでございますよ。

低い理念の霊能者さんでは、悪霊や動物霊の霊能力、お力添えに過ぎませんからね。
これは本当に危険なものでございます。
滝行をして動物霊に憑依されて、その動物霊のお力添えにより動物霊の霊能力が与えられる、
覚せい剤の使用により、地獄霊に憑依されて地獄霊の霊能力が与えられる、
なんてことはこの世界で頻繁にあることでございます。

霊格が動物霊や地獄霊と同じレベルまで下がりましてね、人生が台無しになってしまうんです。
お気を付け下さいますよう、お願いしますね。

 

バブル崩壊後の日本

ニート問題や少年犯罪の増加にも関係することなのですが、
バブル崩壊後の日本は急激に心というものを失って参りました。

まず、リストラの増加により、経済的に苦慮に立たされる人が増えに増えたことが挙げられますね。
ねずみ講のようなネットワークビジネスが増え、
安易な儲けに走る人間が増え、そういった人間が起業して、荒稼ぎするための会社が沢山できました。
その中でも成功したものが、今ヒルズ族として脚光を浴びているようですけど、
本当に、くだらないもんです。

次に、外資系の企業が沢山、日本の企業を買収してしまいましたね。
保険業界などは本当に外資系ばかりになってしまいましたね。

心無い実力主義の外資系、
最低賃金法さえ守らない、でも報奨金を餌に労働者に過酷な労働を強いて、
優れたほんの一部の人間だけに報奨金を与え優遇する、
そんな悪質な企業ですから、離職率も異様に高いんです。
入社して、ほんの数ヶ月で殆ど全員が退職してしまう。

日本の会社もそれを見習うところが増えましたよね。
終身雇用から実力主義へ、
どんどん採用して、安い賃金で一時的に働かせて、でもすぐに社員が辞めてしまう。
それでも良いんですね。
だって失業者は幾らでも面接を受けに来て下さるのですから。

ヒルズ族の運営する企業では、極めて優秀な人材しか採用しないところも多いそうですね。
数千人の求職者に対して、ほんの1、2人しか採用しない、
これは本当に悪質ですね。
お金を使って面接を受けに来て下さる求職者の方に対して、誠意が微塵もない。

このような状況でしたから、新卒者も嫌になりますよね。
面接を何度受けても採用されない。
すぐに採用された場所は厳しい労働環境で、完全歩合制。しかも殆どピンはねされて給与は生活できるレベルには到底達しないんです。
こんな環境で新卒者が生き残っていくことは、極めて難しいでしょうね。

自信を失い、ニートになってしまわれた方もいらっしゃいましたでしょう。
しかも、そういったことに無頓着な家族に就職しなさいと厳しく責め立てられるんです。

社会全体が実力主義に移行する中、独立するものも増え、ニートになるものも増え、
心を失い犯罪に走る者も増え、病に倒れる者も増え、

今、社会は景気回復の方向に向かっているといった認識があるようでございますが、
このような状況を考えますと、まだまだ日本の闇は始まったばかりだということが分かりますでしょう。

人が若干でも失った心を取り戻し、思い遣りに溢れる社会を再び取り戻しますまで、
社会不安や少年犯罪、冷酷な犯罪、ニート問題、少子化問題、架空請求等の解決は困難でありましょう。
でも、そういったことに政治家さんたちは気付いていらっしゃるのだろうかってね、思いますね。

私、思うんです。
税金はね、こういった心無い連中から多く取らなければいけないんだってね。
例えば、企業から面接税を徴収することや、
労働環境、最低賃金法などの厳しい罰則を設けてしっかりと監視すること、
悪質な企業からは法人格を取り上げること、
ネットワーク犯罪、(架空請求、ねずみ講、迷惑メール)に対して有効な策を講じること、
強者より弱者に対しての支援を強化させること、

こういったことの必要性がね、何故政治家さんたちには分からないのだろうかってね、
不思議に思うんです。
それが分からないということはね、結局は何も見えていないのだと思うんですね。

 

飽食の時代

神様が与え給うた美味しいものが戴ける、
本当にこれは偉大なる歓びでございます。

でも、美味しいものを追い求める、そこに何の意味がありますでしょうか。
余分な食は余分な肉、腐った肉となり、そのための犠牲も増え、
人の心も、飽食が当然、美味しいものが食べられて当然と感じるようになってしまうんです。
感謝する気持ちが不満に変わり、
同じだけの感謝の気持ちを得るためには、より美味しいもの、より多くのものを求めなくてはならない、
そんな麻薬中毒のような恐ろしいことになってしまうんです。

科学だって同じですね。
最先端科学を追い求める、そこに心が不在であれば、文明は必ず崩壊します。
地球上の文明も、幾度となく、発展しては崩壊することを繰り返して参りました。

心がなくて、何の、生活を良くする、より良く、より強く生きるための科学技術なんでしょうか。

ニートも依然として問題になっておりますよね。
では何故、ニートといった若者が生まれてしまうのでしょうか?

生まれて来ることを心から望み、期待と、歓びと、今生を力一杯に行き抜き、自らの使命を果たす、
その決意を胸に、輝きに溢れて産まれ出て参りました赤子、
一つの素晴らしい魂が、
成長するに従い、希望を失い、歓びを失い、輝きを失い、
失意や不安、恐怖や、自信のなさまで抱え込み、
誰も愛せず、誰も信頼できず、自らを孤独の中に引き篭らせてしまう。

その一番大きな原因は、家庭なんです。
二番目には社会ですね。
教育現場や職場なんです。

家庭の不調和、悪口、不満、愚痴、暴力、嫁姑争い、夫婦のもめごと、酒乱、
学校での不調和、いじめ、不誠実な教師、暴力、不平等、
そういったものが長期に渡り積み重なり、心の輝きを覆い隠してしまうんです。

それはね、本当に、日の目を見るより明らかなことでございますよ。

再び自信と人への信頼を取り戻しますためにはね、
丸くて、暖かくて、豊かで、大きくて、偏りのない愛の心が不可欠なんです。
でも、どこにそんなに素晴らしい愛の心を持った人間がおりますでしょうか?

ですからね、神様の真のお心を知り、神様に身も心もゆだねてみる、
そういったことも、素晴らしい方法論だと思いますよ。

いえ、これは何某かの宗教団体に入って盲目的な信仰をしなさい、間違った信仰をしなさいということではないんです。
お心の中に神様を住まわせ、お心中の神様の客観的な正しい意識を見出しなさいっていうことなんです。
宗教団体なんぞには絶対に入ってはいけませんよ。

 

私ごとで恐縮ですが

23年間依存?し続けたお酒を止めまして4ヶ月少し経ちました。
振り返りますと、日に日本酒一升飲んでおりました頃もございました。
何故酒を飲むのか?
そこに酒があるからだ。
などとつまらないことを云いながら、星一徹さながらの飲みっぷりでございました。

でもね、折角の人生、酔っ払っておりましたら勿体無い。
神様にも申し訳が立ちませんし、それに何より、命は一つしか与えられていないんです。

通い続けた近くの酒屋さんのおっちゃんとおねえさんには申し訳ないのですが、
もう二度と口にすることはないと思います。

人って素晴らしいですね。
信念がありますと何でもできるんです。

今は、魂から溢れ出る衝動に駆られまして、歯の治療に専念しております。
ものすごく健康になるんです。
もう少ししますと、何かしらのトレーニングを始めるかも知れません。
きんにくんのようになっているかも知れません。

命を大切にして、力一杯人生を謳歌するのだ。
そのような凄まじいまでの、私を突き動かす衝動、運命といったものを感じております。

 

与党憲法改正案に対する反論

愛国心は殆ど全ての日本人が持っていると思いますよ。
それを裏切り続けているのが、他ならぬ政府、与党でありますことを御認識下さい。

「国を挙げて国際平和を推し進める姿勢を強調する」
そのために日本国は他国より遥かに多額の資金援助を、今まで惜しむことなく続けて参りました。
それが何故、一国平和主義なのでしょうか?
軍事参加しなければ国際貢献とみなされない、その国際社会の在り方こそが、間違っているようには思われませんでしょうか?
平和を世界に発信し続けて参りました日本が、その素晴らしい理念を地に投げ捨て、
「国力に見合った防衛力を保有」することは日本にとって、また世界に取りまして大きな損失であると思われませんでしょうか?

「人間の本質である社会性が個人の尊厳を支える「器」である」
本当にそのようにお考えなのでしょうか?あきれてものが言えませんね。

「家族を扶助する義務を設けるべきである。また、国家の責務として家族を保護する規定を設けるべきである。」
家族を扶助することは義務であるべきなのでしょうか?
一人一人が自立することをまず第一に考え、その上で、最小の社会単位であります家族が助け合う、強いては国民が互いに助け合うそれが正しい在り方ではありませんでしょうか?
勿論、国家には最低限、人が人としての文化的な生活を営む権利を保護する義務が、
高度社会として当然あるべきでございます。

他にも、挙げますとキリがありません。
突込みどころ満載でございます。

 

生き埋め

喧嘩した相手を生き埋めにするなんて事件があったそうです。

喧嘩にはルールがあるんです。
弱いものは殴らない。
命は奪わない。
相手が闘えなくなったら中止する。
そんなルールがあるんです。

ですから喧嘩も意味のあるもので、正々堂々と闘えるんです。

今は限度を知りませんし、弱いものにまで殴りかかり命を奪う。
殺すぞ、とか、暴力団とか、そういった言葉も脅しのために簡単に使うんです。

喧嘩する人間も卑怯になったものでございますね。

それに、以前は誰に対してもそんなに憎しみを持たなかったように思います。
でも、最近の人は物凄い憎しみを抱えているように思いますね。

潜在的な奥深い憎しみ。
それは人類全体の意識レベルが昔より劣っていることが原因であるように思いますね。
心を持たない社会や大人達、その社会や大人達が産み育てた子供達が、大人達から憎しみを受け継ぎ、
さらにその憎しみを深めている。

最近の事件を考えておりますと、必ずそのような答えに到達します。

ですからね、私は教育というものに心の教育を取り入れることだと思うんですね。
先生がね、子供達に、「はい、真心を持って」って指導をするんです。
気を付け!、休め!、真心!
とかね、
起立!、礼!、笑顔!、着席!
とか、いいと思いますよ。

今の子供達は、真心を持つというということが一体どうすることなのか、知らないように思います。
誰かが教えて差し上げませんといけませんね。