ブログより転載(2014年1月)

 



2月4日の立春を想ふ



えー、

来月に入りますとすぐに立春でございます。

2月3日が節分で

2月4日が立春。

この日を境に大地も人も運気は変わりますな。

それもね、徐々に変化するというのではなくて、

もうすんごい勢いで突然変わるのです。

あたかもそれは日の出のようでありまして、

その日を境にして地上の時の流れはスピードアップするのですな。

雪が溶けて川になって流れて行き、つくしの子が恥ずかしげに顔を出したと思えば、

梅が咲いて、桃が咲いて、桃の節句、、、

こぶしが咲いて、桜が咲いて、虫が冬眠から覚めて、卒業式に入学式、人事異動に入社式、、、

端午の節句、さつき(つつじ)が咲いて、はなみずきが咲いて、さるすべりが咲いて、、、

あじさいが咲いて、梅雨になって、潮干狩りが始まって、

そうしますともう入道雲もくもくの夏でございます。

なつなつなつなつここなっつ♪

ですな。

あいあいあいあいあいらんど♪

でおま。

でもって、

あーーー夏休み♪

ってな具合で、

おっさんにはそんな風に一瞬で駆け抜ける感があるのです。

まあ、大阪の潮干狩りは今年も貝毒が検出されて

獲っても獲っても食べられないに決まってはいるのですけれども、

貝毒は煮ても焼いても分解されませんからご注意下さいませ。

いや、そのような気の早い話よりも鳥インフルエンザが流行りそうだと

昨夜もテレビで言っておりました。

タミフルの効かないインフルエンザにノロウィルス、

でもって鳥インフルエンザですよ。

こわいものでございますなあ。


とね、まあそんなことで、

今日は立春過ぎれば運気は一瞬にして変化するのだというお話を

させて戴きました次第でございます。

私も厄が明けますのでね、

その日から3年続きの上り調子になって予定でございます。

この厄年はもう越せないかなと思っていたのですけど、

なんとか越せそうなそんな今日この頃でございますよ。



二つの方向性



さて皆さん

今日から通常国会も始まりまして

東京都知事選も始めっておりまして

原発を廃止に向かわせるのか

はたまた原発を主要電力源として位置付けるのか

等々様々な主張がなされております。

小泉氏もこの都知事選を原発選挙であると

都民を洗脳しにかかっているようですけれども

少なくともそれは小泉氏が決めることではありませんね。

有権者がそれぞれに何を重点に置くかを決めるべきであるように思います。

私はね、

原発などなくても日本の企業家たちは

電力事業が自由化されましたら幾らでも電力事業を立ち上げますでしょう。

そうして、その電力を買い取って安定的に電力を供給する再販事業者も生じて参りますでしょう。

そう思うのですね。

勿論それは、今までの電力料金よりも遙かに安くなりますでしょう。

そうすれば今までの政府公認の電力会社も原発も必要ではなくなる。

でも自民党は決してそのような自由化は行いませんし目もくれないのでしょうね。


さて、表題を、「二つの方向性」と書かせて戴きましたけれども、

皆様にもちょっと考えて戴きたいのです。


平和憲法による非武装が平和に繋がるのか、

憲法9条改正による武装化が平和に繋がるのか。


企業の正規社員の雇用が景気に繋がるのか、

派遣制度による企業の負担削減が景気に繋がるのか。


ワークシェアリング等で多くの人材に雇用のチャンスを与えることが良いのか、

借金して公共事業を行い企業にお金を回すのが良いのか。


無農薬、無添加食品が安全なのか、

毒性のある消毒剤・漂白剤で野菜を洗い残留させた食品、

人工的に色付けし、粘りを与え見栄えや食感を良くした食品、

PHを調整し、腐り難くするためにやたらとビタミンを添加した食品が安全なのか。


個々人の自由意志を尊重するべきなのか、

政府を愛せと言う愛国心の強要が日本の為になるのか。


心と言った理性の育成が豊かな社会を生み出すのか、

ゆとり教育か詰め込み教育・英語をマスターさせる教育が豊かな社会を生み出すのか。


更には、個人の責任の範囲である信仰差別と、

個人の責任の範疇ではない特定分野における能力差別のどちらが正しいのか。


神理に基づいた調和主義が明るい未来を生み出すのか、

格差が当然である資本主義が明るい未来を生み出すのか。


私は前者が正論であるように思うのですが、

自民党は後者が正論であると主張しますでしょう。


私はそれを強要する積りはありません。

でも自民党は数による権力を以て後者を強引に押し付けて参りますでしょう。


方法論は幾らでもあります。

ですが自民党にはたった一つの方法論しか見えていないように思います。

所謂ところの猪突猛進ですね。

まあ、他の政党や政治家も同じくなのでしょうけれども、


あのね、

皆様におかれましては、是非充分な思慮分別を行って下さいまして、

洗脳や他人の受け売りではなくご自身の考え方を確立して下さいましたらと思うのです。

そうすることで少しでも日本を変える可能性が生じて参ります。

日本を闇や危機から救う可能性が生じてくるのです。



畏怖するということ



畏怖するということ

神に対してかしこみ怖れるということ

これは決して怖がらせるのではありませんね。

威厳と力量を感じるということなんです。

威厳を示し怖がらせて押し付けたりするのではなくてね、

護られる、という安堵感なんです。


たとえば世の中には力量があってかなくてか、

やたらと威厳を示したがる輩がおりますね。

どこぞの大企業のお偉いさんなどは特にそうではないかと思いますけど、

組織を離れてまで威厳を示そうとするのは只の乱暴で恥ずかしい人ですね。

あはははは


乗った積りの大舟の怖ろしさかな


一方的に与えられ威厳を示し怖がらせる。

その怖ろしさは心に抑圧と歪みを生じます。

でも創造神の畏怖とはそれとは全く別物なんですね。

それは与えられるのではなくて自ら感じる怖れであって、

怖れるからその力強さに安堵し、尊敬し、崇拝するのです。

護られていることを実感するのです。


おさんはそのように思いますね。



心行



今ここに心行というものがございます。

故、高橋信次先生の残して下さいました神理正法の結晶と言うべきものでありまして、

尊い尊い教えでございます。


これに日々努め想念の浄化と深き反省と神理正法の実践を積み重ねることで、

恐らく悟りへの道は拓かれるものであろうと思われます。

そしてまた、今のおさんなら充分深い理解ができるのではなかろうかと思うのです。


今、このままどうしようもない人生を死ぬまで続けるか、

えいやあと思い切り良く悟りへの道を邁進するべきか、

非常に悩み苦しむところでありますけれども、

あはははは


この心行はね、

高橋信次先生の「心の原点(三宝出版)」という書籍に掲載されているものでございます。

悟りが拓けるというだけではありませんよ。

それで心が浄化されましたら人生の様々な苦しみもなくなりますでしょうし、

心も軽くなりますでしょうし、

周りの環境さえ良くなって参ります。


まあ、金回りがどうとか、恋愛が上手くいくようになるとか、

そこまでは保障できませんけどね。


さて、どうするかなあ。。。。。。



手相にカリスマ線はあれど、、、



おいら岬の燈台守は

妻と二人で沖行く船の

無事を祈って

灯をかざす

灯をかざす♪


という歌が大好きなおさんです。


曲がね

なんか勇気がでると言いますか、

今年はそんな年であって欲しいなと

願っちょります。


まあ最近はそんな勇気の出てきそうな歌に

とんとお目にかかれませんけれども。


今年はね

四緑木星の年

五行の木星は努力と勤勉さを現しますね。


たとえば人の性格もそうなんです。

火星は情熱

土星は理性、慈しみ

金星は実行力

水星は知性

ですからそれぞれのエレメントによって

生き方や価値観が違ってくるのは当然なんです。

年の五行もそうですけれども、

月の五行、日の五行、時刻の五行、、、

西洋占星術だって同じでしょうし、

九星のそれぞれに計り知れないほど、

覚えきれないほど細かな象意があるのですね。


それを極めれば人を見抜くことなんて簡単にできちゃう。

ああ、この人は身体のどこが弱そうだな、とか

こんな性格で、仕事もこうなって今どんな暮らしをしているか、とかね

まあそこまではおさんも全然まだまだですけどね。


おさんは情熱と、努力や勤勉さに欠けるのですね。

或いはそれは魂の性格がそんな感じだからそういったエレメントを持って

その年、その月のその日、その時刻にその五行九星の星を担って

生まれてきたのかも知れませんけどね。

あははは



地上で生き残る運の良さ



さて皆様、

もし皆様のご家庭が十二分に裕福であらせられまして

そこに跡取りが授かりましたのよ

って時にですね、、、


その子にどのように生き残る術を教えて差し上げるか、

ってことですけどね、、、


いやー、そりゃあ大変ですよ〜

何しろ地上は政治家と言う化け物のせいで既に地獄と化しているのですから、

ご子息様にはできるだけ沢山のスキルを身につけて貰いたい。


当然の成り行きでございますね。


日本語、英語、声楽、ピアノ、空手に習字、そろばん、くもん、仏語、琴、
伊語、柔道、速読、旅、プログラミング、料理、マナー、三味線、トランペット、
経済学、漢字、剣術、独語、瑞西語、ダンスに登山、経営学、心理学、
ワインに電子回路、ボディービルにアウトドア、サバイバル、食べられる野草・茸

十五歳までにはこの程度の能力は当然の如く身に備えてもらいたいものだすね。

そうすれば人生、何とでもなりますでしょう。

いや、勿論そうでしょう。

そうでなくては何の意味もないではありませんか。


でもね、

それでも失われてしまう命は失われてしまうのです。

勿論、貧乏人よりは遙かに平均的な寿命は長いでしょうけど、

若くしてその命を閉ざしてしまうおぼっちゃもいらっしゃる。

やむを得ぬ事態・その他で命を失ってしまわれる。


いや

おさんは思うのですね。

神や霊的サポーターの存在を知れば

救われる可能性は格段に上がりますでしょう。

信じる・信じないとかそんな低い次元の話ではありませんよ。

確信している

更に間違いなく存在していることを知っている。

そのレベルに於いてですよ。

神仏にまかせっきりで生きている、、、

そのレベルの話をしているのですよ。


おさんもね、

小さい頃は半信半疑でしたけど、

今はもう、

間違いなく神が存在することを疑う余地もなく確信しておりますし、

色んな意味で守護霊が動いて下さっていることも知っているんです。

おさんが呼びかけても返事さえしないくせに、

自分勝手な方法で導こうとする守護霊が間違いなく

ツーカーの仲ではないけれども一方的なストーカー的存在としてそこにあるのですよ。


でもそれは確かにそこにある。

そんでもっておさんが全てを霊的存在に任せてここまで生きて来れているのも、

何らかの神仏の意思であり、守護霊の知恵のない導き方であり、

するのです。


いやほんまにこのおさんの守護霊は

神理というものに全く触れたことのない、

スピリチュアルの欠片も感じ取れない輩でおますねんけど、

でもまあ、

今年も年を越すことができましたので良しとしましょう。


いやまあそういうことでね、

霊的な存在の認識の仕方で、

寿命は間違いなく短かったり、宿命の歳まで保障されたりするのです。

護られたり、護られなかったりするのです。

んでもって、

霊的なサポートの存在を知り、

内観することでね、

間違いなく護られる。

そういった心の在り方を教えた上で、

サバイバルだって剣術だって公文だって何だって、

余裕のある限り御子様の身に備えて差し上げますことができましたなら、

どんなに危険少なく、

どんなに世の役に立って下さいますことかと思いますね。


新年の正月2日に記す。