ブログより転載(2008年2月)
たとえばですよ
プログラミングの会社を作るわけです。
誰でも採用して、誰でも一ヶ月でプログラミングのプロフェッショナルになれるとしたら、
何か問題ありますでしょうか?
完全週休3日で残業は一切なし、そのストレス0の環境で皆が遣り甲斐を持って楽しく働くのですよ。
そうしてやがて一つのソフトウェアができあがるのです。
名称は、「霊医学全書」
人の心や魂の病、運気や霊障の治療方法全般を調べられるソフトですね。
で、その会社は、田舎の方に移るわけです。
講習会を開いて、セミナーを開いて、弱者を救済し、万人に生きる道を指し示し、
人類救済、魂の向上の一大拠点にするのです。
いえ、宗教では決してありません。
何も強制しない、依存しない、誰もが自分の足で立ち自らの上を目指すのです。
何か問題はありますでしょうか?
恐らくそれは簡単なことです。
きっと実現するのではないかと思います。
飲食店
他府県からやって来て、大阪に飲食店を出す。
そうしますと、殆ど失敗しよりますな。
なーんでか♪
それはね、大阪人の口に合わないからなんです。
どんなに店長が自信を持ってお薦めしても、
大阪人の口には合わないのです。
大阪人はダシのかなり効いたコテコテの味が好きなのですね。
それと量ね。
大阪人にはかなりのお得感が必要でございますよ。
例えば京都の味の薄い上品なおうどんとか、
神戸の港の見えるレストラン等で暗い店内にランプを灯してオシャレに戴くタンのシチュウ煮込み、
そういったものも、やはり大阪人には満足しがたいものがあるのですね。
大阪で飲食店を出店しようと御考えの方、
一度そこら辺のことも見直して下さいました方が良いと思いますね。
なーんでかフラリメンコー オーレッ♪
家族というもの
家族の在り方を車でドライブする状況に喩えてみますと面白いかも知れません。
ここに一つの二世帯家族があったとしましょう。
家長は、長次郎おじいさん
連れ合いが、およねばあさん
息子が、長助さん
その嫁が、嫁子さん
その子が、孫助
ここで長次郎おじいさんが家族会議で家族を集めるわけです。
長次郎「今日は天気も良いし、
これから家族皆が行きたいところにドライブするというのはどうかね?」
長助「それは好いですね。」
嫁子「賛成ですわ、義父さん。」
孫助「わーい。僕、遊園地行きたい。」
と、そこでおよねおばあさんはこう口を挟むのです。
およね「孫助、おまえは博物園にしなさい。遊園地に行っても立派な大人にはなれませんよ。」
と、このように子供の意見が尊重されませんと、
孫助はいずれ心を病むか、反抗期に爆発するようになってしまうわけでございまして、
そうでなくても弱い弱い人間になってしまうのです。
ここでは長助さんが、
「おばあさん、私達のことは私達で話し合いますから。」
と主人という立場をしっかりと認識した発言をして戴きたいものでございますね。
長次郎「それでは長助、おまえが運転してくれるか?
私では事故を起こしてしまうし、他の者は免許を持っていないか、運転には慣れていないからね。」
と家長として正しい在り方を提案するわけでございますが、
ここでもまた、家長が、たとえば
「ワシが運転するから」と意地を張ってしまいますと、家族が危険に晒されるわけでございます。
ところがね、今はこのような正しい判断のできます大人がどうも減って来ているのです。
だから家族が上手く行かない。
いがみ合ったり、誰かが弱い立場に立たされたりするのですね。
昨夜、少し考えさせられる夢を見ましてね、
家族にも監査役、調停役、家族裁判員といったような中立の判断のできる存在が必要なのではないかと感じたのでございます。
愛の強さ
愛の強さとは、何だろうかと思う。
人の分まで頑張って幸せにしてあげようと、
互いにそう思っておりましたら、その愛はどんなに強いものだろうかと思いますね。
真心で思い遣ること、
今の時代は真心で互いに思い遣るその当然のことが、
忘れ去られてしまっておりますように思いますけど、
恋人でも、家族でも、夫婦でも、友人でも、
真心で思い遣って差し上げますことによりまして、
その人は発展して行くのです。
互いに真心で思い遣ってこそ、共に発展して行くことができるのです。
でも、今は真心で思い遣る習慣がありませんから、
誰にも真心で想われない、幸せを願ってもらえない可哀想な人が沢山いらっしゃる。
真心の暖かさ
命の暖かさ
猪木のアタタタタ
恋愛感情というものがあるのです。
損得勘定というものがあるのです。
感情と勘定、
今は恋愛感情より恋愛勘定の方が多い気がしますね。
お金儲けで心が荒んで、純粋な気持ちをどこかに置き忘れて来てしまっているのでしょうね。
真心の暖かさ、思い出して下さいませ。
自殺者、困窮者急増の折
やはり外に出て活動しなきゃだめかな、と考えまして、
時間のあります時に、ある試みをすることにしました。
今、そのためのジャケットを発注しているのですけど、
3枚お願いしておりますから、
私と一緒に人助けのボランティアがしてみたいとお考え下さいます方は、
是非、御連絡下さいましたらと思います。
少し忙しくなるかも知れませんけど、
丁度方向性を見失っておりました時ですから、まあ、いろんなことをやってみますです。
年配の男
その男は如何にも酒が好きそうな顔が赤く酒焼けした男でございました。
その男が猫を蹴り上げたのでございます。
路地裏の隅っこに丸まっておりました猫をね、後ろからやってきていきなり蹴り上げたのです。
猫は驚いて鳴き叫び脱兎の如く逃げるわ石は撥ね飛ばされるわ。
で、その男はと云いますとこちらを向いてニヤリと笑いかけて来るのですね。
どうか、想像してみて下さいませ。
その笑いの中には、
「どうだ、猫を苛めると面白かろう?
猫は人間からすれば下等動物だから、当然苛めても構わないのだ。」
とね、そういった意味が込められておりますように感じました。
皆様はどうお感じになられますでしょうか?
この年配の男が、好きになれますでしょうか?
私は、「もう少しマシになってくれ」と、どうしてもそう思ってしまうのですけど、
或いは職場で女性社員のお尻を触ったり、セクハラしたり、
私は初老の女性に逆セクハラされたことがありますけど、
云っても分からないのです。
逆に相手も喜んでいるのだって考えているんです。
この時代に今以てどうしてそんなにダメな人間が存在するのか知りませんけど、
本当に困ったものだと思います。
でもね、政治家さんも似たような人が多いように感じますけどね。
もう少し、本当にもう少しマシになって欲しいものだと思います。
地球
漆黒の闇の中に
青白く輝く命の宝石箱
それはまさにサファイアのようで
サファイアの何万倍も美しく
何億倍も強く輝く
その姿はなにものにも喩え難く
何人も感動せずにはおれない
それが神が手にかけた無限の中の
たった一つのもの
そのたった一つのものが
何故それほどまでに美しいのか
あなたには解らないのか
盲目であるということ
私達人間は、盲目であるということを知らなくてはいけないように思います。
何故なら人間はね、
大宇宙の中の無にも等しい世界しか知らず、
さらにその世界の中におきましても、
特定の光の波長が生み出す世界しか見ることができず、
ほんの僅かな波長の音の領域しか、
極めて緩慢な動きの中の世界しか、認識することができず、
さらには自分達より低い次元、低い意識レベルしか理解できないのですから。
地獄でありましても四次元に存在しているのだと云うことさえも知らないのです。
さらに、人間は人間社会だけにしか通用しないローカルルールを絶対的なものだと信じ込み、
心として、魂として、さらには神としての視点さえも失ってしまっているのですね。
人間社会で、成功して、自分も偉くなったものだと自我自賛して、
自分より弱いものに威張ってみたり、
動物を自分たちより劣ったものとして扱ったり、
例えば都会から少し離れた場所に一軒家を購入して、大きな顔、我が者顔して占有したり、
でもね、その土地は人間社会のローカルルールではあなたのものであっても、
動物社会、魂の世界、神の絶対的なルールの中では、
その土地は神様のものであり、
そこに以前より住んでいる動物達や動物霊、自然霊、土地神様にも
そこに存在する権利があるのです。
それで、新居で霊的な現象があるとか、音が鳴るとか、
当たり前のことなんです。
ですからね、心を込めてそういった魂を供養するかわりに引き取ってもらったり、
動物達に餌をあげたり、
そうして共存する姿勢を持つことが大切なんですよ。
日本語にね、「さかしら」という言葉がありますね。
自らを偉いものとする気持ち、心、
そういった意味のようなのですけど、
私もつい先日知りました。
でもね、やはり人間は利口ではありませんね。
他の動物達と比べましても、どちらかと云いましたら愚かなんです。
やはり私達人間は、盲目で愚かだと云いますことを認識しなくてはいけませんね。
そうして、そこに問題意識を持つことによりまして、
私達人間もね、少しは神様に近づけるようになるのだと思うのです。
それいけ、カバ男君
明るくて、素直で、カバのような顔をした男の子がいる。
それがカバ男君という名前であることを最近知った。
カバなのに可愛い。(笑)
強烈なインパクトは仲間の中でも群を抜いていて、
一度見たら忘れられない。
カバ男君は将来きっと大物になるぞ、って思う。
芸能プロダクションだって黙っちゃあいない。
大物になる顔って、ありますね。
カバ男君も自覚して、大物を目指して邁進して欲しいものだと思います。
人生自由自在の法則
椅子に座ると休みたくなる
横になると起き上がれなくなる
立ったまま突っ走ることもいつまでもできるものではない
そこのところを殆どの人は理解していない
九星気学では星回りが坤宮の時に動き始めて、
震宮、巽宮の年には突っ走るのですね。
そこから中宮の年に少しブレーキを掛けて、
乾宮、兌宮の年は収穫に入るのです。
で、その次の艮宮は注意深く様子を見ながら、
離宮の年は休息の準備をして、
坎宮の年は次の構想を練りつつ休憩に入るのです。
人間関係も9年周期で変わりますね。
坤宮〜乾宮で頑張っております時に出逢いが多く
乾宮〜坎宮では別れが多いのです。
どの宮でも正しい努力で、どのようなことでも実現させることはできるのですけど、
坤宮や中宮、艮宮で我田引水の欲を我武者羅に実現しようとしておりますと、
怪我してしまいますね。
そこらへんのバランスは難しいです。
真心と表面意識 あのね、
地球があるよね。
で、その周りに大気の層があって、雲が浮かんでいる。
心も、真心の周りに表面意識があって、色んなものが浮かんでいるよね。
色んなものはね、たとえば、
体裁意識とか、人にどう思われるかとか、不安とか、欲とか、自我とか、
死の恐怖とか、不満とか、執着とか、怒りとか、魔の意識とか、
で、そういうものを全て取っ払ってしまえば、その下から綺麗な真心が現れてくるの。
厳しい家庭の子供なんかは、本当に沢山のものが浮かんでいるよね。
浮かんでいるというか、被っているというか、背負っているというか、
それは親から押し付けられた考え方や間違った常識、間違った条件反射、
そういったものが周りを被ってしまっているから、
真心も、綺麗な光も外に放たれない。
真心はね、水晶のように透明でね、
赤い光、青い光、白い光、金色の光、
沢山の綺麗な光が銀河のようにその中心から放たれているの。
赤い光は神様の愛の光
青い光は神様の優しさの光
白い光は神様の正義の光
金色の光は神様の神理の光
その光がエネルギーとなって外に放たれるから、
人は健康でいられるし、楽しく、喜びに満ちて、安らかで、幸せで居られるの。
でも、沢山の雲で被われてしまっている人は、そうじゃない。
だからね、
雲なんて取っ払って、真心で生きなくちゃいけないのね。
演歌
まつり
作詞・作曲・唄 ムーディー護符屋
ゲソの天麩羅を天つゆに浸けて
夜食に食べたらうまかった
それから胸焼け胃がムカムカするよ
どうしてこうなるの どうしてこうなるの
大根オロシを入れれば良かった
今度から大根だ 今度食う時ゃ大根だ
それでも今はもうあとのまつり ♪
私はどちらかと申しますと、
ムーディー勝山さんよりもセクシー松山さんのセクシーソングがお気になんですけど
私もエンタの何とかに出演してみようかと思う今日この頃です。
蛇足ですけど、私、芋洗坂係長にクリソツでございますよ。(爆)
斎き奉るということ
正しく神に仕えようとする人は、
マザーテレサの写真を飾ると良い。
そうすると、その写真を見るたびに、
善なる気持ちと、正しく生きる意欲と、懺悔する心と、神への義が生まれて来るから。
それがね、本当の意味で斎き奉るということなんです。
お札でも何でも、そうでなければいけない。
まあ、形から入るというのも良いかも知れませんけどね。
仲間 素直なだけではダメなんです。
穢れた想念と、弱過ぎる心、依存心、威張ろうとする気持ち、
それを何とかして下さらないと、
ほら、意見を求めても何も出てこない。
対等の関係であってこそ、
互いの得意分野がさらに大きな素晴らしい智恵を生み出すのです。
奪う目的で仲間になろうと近付いて来る人の多いこと、多いこと。
私の得意分野では、私は誰にも負けません。
ですから同じ得意分野の人は必要ではありません。
あなたは、あなたの得意分野で誇りを持って、信念を持って生きて下さい。
そうしますと、いつか御縁がありますと、
二つの道が交わるようなことがあるかも知れませんしね。
夢日記
溺れている男の子をたすけようとしたけど
たすけさせてはくれなかった。
その子は、自分から溺れていったのです。
生きようとする力と
死のうとする力
生きようとする力が少しでも強ければ
必ず生きられる。
けれどもその子はそうではなかったのです。
希望を失い
心に不満を抱き
前に進むことをやめて
心から死を望んでしまったのです。
愚かなことでございます。
真実の幸せ
一体あなたは
何に嘆き
何にもがき
何に悩み
何に苦しんでいるのか
泡のように儚く消えて行くものに執着しても
そこから得られる幸せは
同じように儚く消えて行くだろう
そうして、あなたはまた
嘆き、もがき、悩み、苦しむ
その輪廻を解脱できない
全ての答えはもうそこにあるのに
不況になれば
不況になれば、
ビジネス街に弁当屋が蔓延る。
道の隅っこで畳半畳分程の店を開いているのですね。
勿論、ちゃんとした定食屋が運営しております店もありますけど、
そうではなくて、個人で日銭を稼ぐ目的で開いております店もあるのです。
弁当を20食売って売上1万円、利益5千円ってところでしょうか。
保険所の許可を得るだけで良いのですね。
ただ、コンビニの弁当よりは豪華でありませんと売れませんし、
一食5百円から7百円が相場でございましょう。
そんな感じで、人が日銭を稼いで生きて行く方法は幾らでもありますね。
宝くじにも抜け穴がありましてね、
こうすれば必ず収入になるという方法があるようでございまして、
ようやくその結論に辿り付きまして、今検証をしているのですけど、
確率的なものですから、必ずそうなるとは限らない。
神様の悪戯的な要素もあったりしますからね。
そこらへんは人の運勢と似ておりますようでございます。
考えて、考えて、考えておりますと、
色々と面白いことが見えて来るものでございますよ。
詳しいことは今のところ云えやしませんけどね。
日課
毎晩、公園に出掛けまして、ノラに猫缶を差し上げる、
そのような日課が続いておりますけど、
ノラしか話をする相手がおりませんものでね。(笑)
いえ、友達ではないのですよ。
大切な仲間なのです。
猫缶は必要な分量だけ、
それ以上は幾ら欲しがっても翌日まで待って戴く、
それがルールでございます。
どこかで餌を見つけて食べておりますようでしたらその日は量を減らしますし、
あくまでも必要充分な量に留めるのです。
それを破ってしまいますと、どちらに取りましても余り良いことはないのです。
食べる量がどんどん増えて、充分な量でも不満を持つようになりますと、
猫も餓鬼界に落ちますからね。
私も、厳しいですし。
先日は一匹とトラブルがありまして、
いわゆる、日課事変でございますな。
ワルかオド、
最近はどちらも上まぶたが垂れ下がって来ておりまして、
毛の色合いも模様も似通っておりますのでどちらがどちらか判断できないのですけど、
私が歩いておりますと後ろから追い越して私の足の前に飛び出して来るのですね。
うっかり蹴ってしまいそうになって、それを避けようとしてつまづきかける、
それが毎日なのです。
で、少し厳し目に云いましたら、今日は理解して下さっておりましたようで、
後ろを付いて来るだけになったのですけど、
そういったときには実際に蹴っちゃった方が彼等も学んで下さるのかも知れませんね。
彼等は失敗を通してしか学べないのかも知れません。
それでも平穏な日常は有り難いものでございますね。
彼等も長く生きていて欲しいものだと思います。
愛情の差
今日は St バレンタイン DAY でございます。
沢山の麗しき乙女が
自家製の愛情をたっぷり注ぎ込んだチョコレートなどを愛する人に送るという
そんなチョコレート屋さんがやたらと推奨する行事の日なのですけど、
愛情がありましたら食中毒などといったことは起こらないもので、
何故なら、悪いものが混入しないように丁寧に丁寧に作るからでありまして、
巷の食中毒に全く無頓着なお店や工場、どこかの国などは逆に、
全く愛情がないのではないかと、
人類愛、隣人愛といったものがないのではないかと、
考えざるを得ないのでございます。
本当に、人が食べるものだと、
生きております我が人類、同朋、仲間達が食すものであることを知っておりますと、
食中毒が起こってしまうようなそんなずさんな調理はできないものだと思うのですけど、
長期間冷蔵庫にしまいこんだ食品や、
長期間冷蔵庫にも保管していなかった食品、
雨水で洗った食品、
農薬をたっぷり使った畑で取れた野菜、
劇毒で洗った野菜、
菌が繁殖しているかもしれない工場で製造した食品、
人を奴隷のように使い捨てているような企業で製造された食品、
普通の人でしたら、まずそういった食品を生産したり、製造したり、販売したり、
そんなことはまずしないのではないかと思うのですけど、
それができてしまう人と云いますのは、
やっぱり鬼かな、と思わざるを得ないのであります。
外資の宣戦布告
私は以前にGE系企業で働かせて戴きましたことがあるのですけど、
つくづくエジソンが嫌いになりましたね。
科学を金儲けに利用した男、エジソン。
勿論ジャックウェルチも好きではありませんけど。
ところで、今日本人の働ける場所がどんどん減っておりますことに皆様はお気付きでしょうか?
外資が参入して参りまして、
経営陣がアメリカ人
それから外国からの出稼ぎ労働者が増えておりましてね、
従業員がアジア系諸外国人
また、日本に自社工場がなくなりましてね、
下請けを中国とか韓国、フィリピンに発注するのですね。
そうしますと、外枠だけ日本建築のビル、
内側はアメリカ人の社長と中国人や韓国人の従業員、取引先も諸外国、
と、そのような環境で円を稼いで自国に持ち帰っているのですね。
そこには運の良い日本人も紛れ込んでおりますかも知れません。
従順でサムライな日本人は実に良く働いて下さる。
でも、外資には慈悲はありませんからね、
日本人を雇うためではなくて、
日本の企業を乗っ取って、従業員をこき使って、円を横取りするために来ているのですから、
文句を言ったり、働きの悪い人間はすぐ首を切るのですね。
でも基本的に中国や韓国、フィリピンの人の方が人件費が安いですから、
日本人は少ないです。
日本人はその給与では誰も働こうとは思わないでしょうから、
今後全く居なくなりますでしょうね。
GDPは高水準を保ち、
GNPはどんどん下がって行くのです。
過去に国力の指標がGNP(国民総生産)からGDP(国内総生産)に変わった、
その理由が分かるようでございますね。
これからの日本人は多くの人が個人オフィスの形態でお仕事をなされるようになりますでしょう。
そうしないと生きては行けませんから。
そうして個人オフィスが連携を取り、外資に対抗して行くようになりますでしょうね。
賢い人間は逆に外国にドルやフラン、マルクを横取りに、敵討ちに云って下さるかも知れませんね。
世界貿易機構の言いなりになってしまっております政府は、
何の力にもなって下さらないばかりか
気付かぬ間に外資の味方になってしまっておりますようにも思えます。
でもね、戦争はもう始まってしまっているのです。
宣戦布告したのは勿論アメリカでございましょう。
そうして、現状は無抵抗な日本企業にアメリカの一方的な攻撃と乗っ取りが続いているのですね。
リヤカーマン
リヤカーマン、永瀬忠志さんのドキュメントを拝見しておりまして、
私も放浪したくなってしまいました。
純粋ですきに、すぐ影響されます。
洗脳はされませんけど。
人間は自らの信じる生き方を貫くべきだと思います。
意味のないことでも、
誰に認められなくても、
見返りなんて求めず、
だって、折角生まれて来ているのですもの。
人間っておかしなもので、
皆が皆、右にならへ、で同じ生き方をしたがるのですね。
多数派が一番安全で、安心だからという、
動物本能の一種だと思うのですけど、
そういった習性があるのですね。
でも私はへそ曲がりですからね、
はい、頑固で純粋なへそ曲がりなんです。(笑)
ですから人と同じ生き方はしたくないのです。
さて、これからどっちの方向へ向いて行くのでしょうかね。
100%御利益のあるおふだ
100%御利益のあるおふだはありませんか?
んなことをよく聞かれます。
ありますよ。
正しい願いで、心正しい人でしたら100%叶うおふだ。
その一枚のために数日間命懸けで修法して、
精神誠意真心を込めて謹書し、
力の限り念を込めましたら間違いなく御利益のありますものができますでしょう。
効果保証したって構わない。
効果が生じなければ一切御代は戴きませんってね。
でもね、もしご自身が、例えば5日間力一杯命懸けで仕事をするとして、
あなたは一体どれだけの報酬を希望しますか?
効果が出ればそれだけの報酬を与えて下さるというのでしたら作らせても戴きましょう。
でも殆どの人が、「効果なんてなかったよ」と仰られるに決まっているのです。
そうやって自ら運気を損なってしまわれました方を何人か知っています。
ですから私もそんな馬鹿なことはしないのです。
どちらに取りましても不利益になってしまうのです。
御利益のありますおふだが不利益を生む?
いえ、人の業や欲が御利益も何もかもを壊してしまうのですね。
鍋から取り出されたもの
夢の中で、
大きな鍋から、
太くて大きな牛筋煮込みが出て参りました。
うひゃ〜
とろっとろの、ですよ。とろっとろの。
丁度、煮込みハンバーグを作る要領で、
牛肩ロースのところを煮込んだものであるように、
お見受け致しました。
拙者、生国と発しまするところは悲しいかな夢ん中。
でも肩ロースは煮込めば煮込むほど小さくなって行くのだということ、
先生、知っています。
もとの大きさはどんだけ〜、だったのでしょうか。
そういいましたら、ここ何年も、
米国産牛肉の危険性が叫ばれ始めて、輸入禁止措置が取られた頃から、
牛肉は全く食べていなかったのです。
で、先日近くの安いホルモン屋さんで
清水の舞台から飛び降りて腹一杯戴いて来たのですけど、
それが潜在意識の中で姿を変え、
このような夢を見ることになったのだと思うのです。
でも、それにしても凄かったです。
あの大きさと、とろっとろ具合。
今度、作ってみます。
ノラとドラの差
今、公園には4匹のノラがおりまして、
最近、それ以外に薄茶色のドラを見るようになりました。
ドラはね、ノラがネコ缶食べる様子を後ろの方でジーっと見ているのですね。
近付いても来ないし、私がネコ缶を差し上げようと近付いて行きましても、
逃げてしまうのですね。
で、私がどこかに行けば、ノラのネコ缶を略奪する行動に出るのですね。
目が違うのですね。
何と云いますか、辛い猫生を歩んで参りまして、
人も信用しない、仲間も作らない、自分以外には何も信用しないぞ、
っていうような目付きなんですね。
そこまで心が廃退しているのです。
それがドラなんです。
まあ、人でも、似たような人沢山いらっしゃいますけどね。
真心で誠実に生きております人間と、シタタカで自分の利益しか考えない人間。
猫の世界と人の世界は、違うようでかなり似ておりますものでございます。
釈迦と人の相違
人は皆平等だって云うじゃないですか。
誰が偉くて、誰が偉くないとか、そういったことはないのです。
でもね、お釈迦様やキリスト様のような方と、人との間には歴然とした差がございます。
格段のレベルの違いがあるのですね。
心を調和させて、八正道に基いた正しい条件反射や生活習慣、判断力を身に付けますと、
次第に神通力のようなものが生じて参ります。
過去世を覗いたり、過去世の言葉で喋ったり、魂を遊離させてどこへでも飛んで行ったり、
と様々なことができるかもしれない。
これは普通の人が心の深層心理に穴を開けて得られる霊能力とは根本的に異なるものですけどね、
そういった神通力を得た人が、いるかもしれない。
いえ、沢山いらっしゃるのですよ。実は。表には出て来られませんけど。
でもね、たとえそういった人でもね、お釈迦様やキリスト様のような人とでは格段のレベルの差があるのです。
そのレベルの差とは一体何でしょうか。
それはね、愛の大きさ、慈悲の大きさなんです。
宇宙以上に大きなお釈迦様の心と、
芥子粒のような私達の心とでは、まるで月とスッポン、
いや、それ以上でございます。
それ故に尊い尊い方でおありになられるのですね。
蛇足ですけど、
世の中には、例えば幽体離脱なんかができてしまう人もいらっしゃるのかも知れません。
幽体離脱はスピリチュアル(霊的)な現象でしょうか?
いえ、そうではないのですよ。
幽体離脱はアストラル(幽的)な現象なのです。
次元の低い、危険を含んだものでございます。
ですから私達は霊的な認識をもっともっと深めなくてはいけないのですね。
心の世界も高橋先生のお蔭でかなり高いところまで解明されておりますね。
殆どの霊能者や研究家の及びもしない高いところまで解明されているのです。
智ではなくて理で悟ることによりましてしか、
私達はその高みに到達することは困難であろうと思います。
聡く生きること、大切でございますね。
ある職場
私も以前にサラリーマンをしておりました頃がありまして、
幾つもの会社や職場にお世話になった経緯があるのですけど、
好きな人同士でグループが幾つもできているのですね。
どこの職場も似たようなものでございまして、
グループ同士でいがみ合い、
意地悪や争いが堪えず、
噂や悪口が当たり前のように飛び交っているのですね。
ビジネスライクに割り切ることはできないのかなあ、
とかね、
もっと大人らしく協調して働くことはできないのかあ、
そうすればもう少しは楽しく働くことができるだろうに。
とか感じていたのですけど、
どうして客観的な視点を持てないのか、
人の噂や悪口を真に受けるのか、
どうして人の行動を詮索したりするのか、
噂や悪口がそんなに楽しいのか、
ってね、そう思うのですよ。
皆が自立して、もっと高い理念を持って、
噂や悪口には耳を傾けず、自らもそういった行為や争いを慎み、
大人らしくビジネスライクに割り切ってご自身の与えられた職務に邁進する。
楽しく邁進する。
そうしませんと業務にも支障を来たしますでしょうし、
ご自身も病気になったり災いに遭ったり、
いえ、ご自身の周りの方々にも悪い影響が出てくると思うのですけど、
心の中の魔を恐れることは大切でございますよ。
お腹の脂肪を減らす漢方薬
お腹の脂肪を減らす漢方薬がカネボウから販売されておりまして、
小林製薬さんからも同じ効能のナイシトールというお薬が販売されておりまして、
どちらがどうなのか、両方買って参りまして調べていたのですけど、
どちらも漢方成分は殆ど同じなのですね。
防風通聖散という漢方薬なのです。
でも昔の人は薬一つ作るのも大変だったのでしょうね。
野山を歩いて何十種類と草木を探し出し、
それを乾燥させて黒焦げにしたりして、
必要な分量を合わせて細かくして、
何時間も煮詰めて薬湯を作るのですね。
今はそんな手間掛けなくても僅かな金銭で手に入るのです。
いえ、僅かな金銭と申しますのは昔の人の労力に比べてということでございます。
それに品質もきっと今の方が良いのでしょう。
でもそんな昔にはきっと薬害だとか、農薬だとか、
増してやそれで人が死んだりすることはなかったのでしょうね。
その差が、人の心の荒廃、欲の差ではないかと思いますね。
昔の、心が綺麗で食べるものも安全だけど労力が要求されておりました時代と、
今の、心が乱れ切って犯罪も多く、食べるものも危険だらけだけど、
欲しいものが簡単に手に入る時代。
どちらの時代が良いのか、私には皆さんの気持ちは分かりませんけど、
その丁度中間、中道のところが一番良い時代なのではなかったかと思いますね。
如月
如月でございます。
着て、更に着込むことから、「きさらぎ」になったのだと、
どこかで書かせて戴きました記憶がございます。
睦月、如月、弥生、卯月、皐月、水無月、文月、葉月、長月、神無月、霜月、師走
これを私、38歳の頃覚えました。
あほです。
都道府県が日本のどこにあるか、
これは最近になってようやくほぼ完璧に分かるようになりました。
重ね重ね、あほです。
人間ってのは皆、同じだけ生きておりましたら
同じだけの情報が脳に記憶されておりますのだそうでございまして、
それ故に知識の偏りは得意分野を生むのです。
いえ、あほの言い訳です。
小さい頃から両親にずっと
「だからおまえはバカなんだ」とか、「あほ」とか、「ハゲ」とか、
云われて小突き回されておりました。
それが原因なのか何のかは知りません。
ここで何を申し上げましても言い訳にしかなりませんでしょう。
坂田師匠なんて偉いもんです。
底力のあるギャグで、知性的なものではありませんけど、
子供でしたら100%笑わせることができるのですから。
若い人にひとこと。
「おっちゃんみたいになったらあかんで。
月の名称や都道府県くらいは小学校で覚えときや。」
心の安定、生活の安定
スピリチュアルだと公言しております人に限って
スピリチュアルではないものでございます。
そんなことを度々申し上げております。
スピリチュアルな世界に入ってしまいますと、
どうも盲目になってしまわれます人が多いのですね。
「お金が要るんです。」と訴えるスピリチュアルな人。
精神的な病に犯されたスピリチュアルな人。
威張り腐っているスピリチュアルな人。
悩みの多いスピリチュアルな人。
依存心や執着の多いスピリチュアルな人。
それで本当にスピリチュアルなんでしょうか。
それで誰に何を教えて差し上げますことができるのでしょうか。
まず心を安定させて、精神を安定させて、生活を安定させて、
それから、自分はスピリチュアルな人間だなんて絶対に考えないことでございますよ。
(私のサイトにはスピリチュアルなんて言葉は殆どありませんよ。)
お金がなければ食べなければ良い、
そのくらいの心の悟りは持って欲しいものだと思いますし、
神仏や守護霊様の存在を疑っておりますようでは説得力も精神の安定も生じませんでしょう。
毎日、心を安定させる工夫と、反省、神様や守護霊様との対話、
そういったものも必要でありますように思いますね。
でもそうやっておりますと、
最低限生活できるだけのお金は神様がちゃんと与えて下さるのです。
これは、ほんまですよ。