法話その1


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地球上には毎日、朝がやって参ります。
それは一年365日、一日も欠かすことなく太陽が東から登りまして、
壮大な大自然の美しい芸術作品が空を彩ります。

鳩やカラス、雀達が鳴きますね。
それは悲しみの声でしょうか?
それとも、歓びの声でしょうか?
私にはそれが、今日命あることの感謝と歓びの声でありますように感じます。
毎日、力一杯生きて、今日一日を生き抜いて、
そうして次の朝、また今日も命を繋ぐことができた、
新しい日を迎えることができた。
その歓びなんでしょうね。
力一杯に生きているからこそ感じることのできる歓びではないかと思います。

人はどうでしょうか。
自分の心にさえ嘘を付き、
要領良く楽をして儲けることばかり考え、
命に執着して死を必要以上に怖れ、
自分ばかりが良くなりたいと願い、
自分で自分の首を絞めて悩み苦しんで、
そうしてね、朝になりますとこう考えるのです。
「嫌だな。今日もまた嫌な一日が始まっちゃったな。」ってね。

神様が生かして下さっている。
そのことさえも人はすっかり忘れてしまっているのですね。
神様が生かして下さらなければ、
たった一日でさえ私たちは生きることが適わないといいますのに。

彼等はまた、愛することが上手ですね。
好きな相手には素直に愛情表現を表すのです。
そうして決して縄張りを荒さないのです。

ですからね、私たちも彼等を見習って、
素直な心で、
たとえ何も持たなくても、
愛と感謝の中に一日を力一杯に生きてみる。
明日のことなんてどうだって良いのです。
神様が生かして下さるのでしたら、明日もまた生きておりますでしょう。
そうして、明日もまた、同じように愛と感謝の中に生きるのです。

そうしますとね、
たとえこの地上の世界で命が保てなくても、
神様の御足元、高次元の心の中の世界では、
沢山の魂の愛と感謝に包まれて光溢れる暮らしをすることができますでしょう。
神様がね、必ず報いて下さるのです。

この地上界のことを現象界と云いますね。
そして、高次元の心の中の世界は実在界と云います。
皆様は、どちらが本当の世界で、どちらが空蝉の世界だと思われますでしょうか?

現象界は移り変わりの激しい世界でございます。
新しいものは古くなり、
形あるものは必ず壊れ、
命あるものは必ず死を迎えます。
でもね、実在界は永遠に変わることはないのです。
新しいものは新しいまま、
形あるものは永遠にその形をとどめ、
永遠の命がそこにはあるのです。

この世界でどんなに沢山の財産がありましても、
それを実在界に持って帰ることはできないのです。
でもね、実在界に蓄えました財産は決して失われることはないのですね。

ただね、この世界には美しいものが沢山ありますね。
実在界では決して経験できない、
生きているからこそ、盲目だからこそ経験できる素晴らしいことも、
沢山あるのです。
素晴らしい景色、美味しい食べ物、愛することの素晴らしさ、
様々な苦悩とそれを乗り越えたときの喜び、
そういったことは決して実在界では経験できないことなんです。
ですから私たちは生まれてくることを切に願って生まれて来るのですね。

意欲的に学び社会に出て役に立ち、
人を愛して伴侶となって添い遂げ、
子を設けて立派に育てて差し上げ、
遣り甲斐を持って人生と向き合う、
この世界は実在界で修行した成果を形にする場でもあるのです。

親を選び、子となって生まれて下さる方を選び、護ってくださる方を選び、
今生での再会の約束を交わし、
今生を力一杯生き抜くことを仲間達と約束し、
今生の課題と、生まれる国と、場所と、仕事を選んで生まれて来るのです。

ただ、この世界は盲目ですからね、
心を失ってしまわれます方もおられますでしょう。
再会の約束を忘れ、大切な魂の友人に迷惑を掛けてしまわれます方もおられますでしょう。
罪を重ね、人生を棒に振ってしまわれます方もおられますでしょう。
でもね、それでも魂の次元では大切な仲間なんです。
大切な命の経験なんです。
罪はその人の真心が自分自身を裁きますでしょう。
ですから私たちは誰もが魂は善人であることを信じて、
人を赦し、辛抱強く良好な関係を築くことがどんなに大切なことかと思いますね。

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