カムオイゴンの教え
ここにオイゴンと呼ばれる者がいた。オイゴンとはこの地域に古くからある言葉で、知恵を与えられた者といった意味である。
神であるオイゴン、つまりカムオイゴンは皆を集めてこう云った。
皆の衆よ、見るが良い。人間達が折角育てた根菜の苗を間引いている。
これは実りをより大きくするためである。
引き抜かれた苗は土にかえり、また植物となって芽を出すのだ。
死もまた同じである。
生き物の数を一定に保つため、神の手によりランダムに間引かれるのだ。
だが、死は決して恐ろしいものではない。
そうして神の手によって間引かれた者は、次の命までの期間神の足下で幸せに過ごせるのだ。
我々が死ぬものに遭遇すると可哀想に思うが、実際には死者の方が我々を見て可哀想に思っている。
ただ、己の手で己自身を間引いた者には、長い期間厳しい罰が与えられるが。
皆の衆よ、また、これを見るが良い。
木にたわわに実った果実でも、良いものと悪いものがある。
これもまた、神の法則である。
我々にも、良い者と悪い者が存在する。
それは光と闇があるように、光を光と気付かせるためである。
良い者を良い者と気付かせるためである。
悪い者にも価値があり、また役割がある。
時には良い者が悪い者を助け、教え、悪い者が良い者を助け、教える。
それが森の平和を維持する上で大切なことである。